第6話 蟲払(前)

 浅瀬に長々と寝そべったラランセラの腹の上。

 三人で寄生蟲の親玉を囲んで観察する。

「うーん、確かにでけえな」

「これでもまだ体の半分だよ。足がどこまで伸びてるのか、あたしにも読めない」

「蟲挟みでは間に合わないですよね」

「だろうね。そこで、あんたの馬鹿力が必要なわけさ」

 腹の上でどっかりと胡坐をかいたトゥトゥが銛の先で寄生蟲の親玉を軽く突いた。

 龍鱗製の刃先が、きんっ、と高い音を立てて跳ね返される。

 親玉の方は全然動く様子も無い。

 知らんふりを決め込んでいる。

「ふふん、気に食わねえなあおい。ババアの作戦は?」

「こいつが薬剤を嫌がることは分かってる。だからまず、薬剤を塗ったくる役が必要だ。これはドクターにやってもらう。ブラシを使えば遠くから塗れるし、安全だろう」

 ドクターとトゥトゥが揃って頷いた。

「それからあたしが鱗を上げる。ちょっと痛いけど我慢できるね、ラランセラ」

「あい、あい」

 砂浜で心地よく日に焼けている海龍が、適当に相槌を打つ。

 トゥトゥは怖いが理不尽に怖いわけではない、という事を理解したラランセラは、緊張感を大海の何処かへ流してきてしまったらしい。

「で、あんたが逃げ出そうとする親玉の胴と足の境を銛で突くんだ。そして持ち上げる。蟲が死んで抜ける。おしまい」

「話しが簡単で良いな」

 トゥトゥが銛を払って立ち上がった。

 その刃先がきらりと光る。

 今度は過たず刺し貫いてみせる、と気炎を揚げているようだった。

「早速やっちまうか」

 薬剤をたっぷりつけたブラシをドクターに渡す。

 緊張と興奮で口角がきゅっと上がっていた。

 励ましの意を込めて、クロシュはドクターの背を叩く。

「大丈夫さ。大きくても蟲は蟲。同と足の境に風穴を開けられたらひとたまりもないからね」

 それから、クロシュはここ最近は使っていなかった、鮫革の手袋をはめた。

 こうすると龍の鱗の縁で手指を切ることもないし、蟲に這入られることもない。

 トゥトゥにもはめるように言ったが、拒否された。

 銛を突く手先が鈍るという。

 もっともなことだったので、クロシュはそれ以上強くは言わなかった。

「よし、いいよドクター」

 蟲の親玉に、ブラシが押し付けられる。

 先ほどと同じように不快げに身をよじらせ始めた蟲の蠕動に、ラランセラがにわかに緊張を見せた。

「い、いた、痛くなってきた」

「我慢するんだよ、ラランセラ。頑張って」

 クロシュが鱗を持ち上げると、久しぶりに当たった外気はさぞ身に染みたのだろう、蟲がますます暴れ始めた。

 身を起こして、左右に張り巡らせた補助的な寄生足を引きはがし、クロシュを打たんとする。

 その身の下、くびれた寄生足との接続点に轟然とトゥトゥの銛が突き立った。

 クロシュはそこから起こった戦慄すべき出来事を、良く覚えている。

 そもそも寄生蟲が叫ぶのを、クロシュは初めて聞いた。

「ぎゅうおおおおおう!」

 口、ではなかったと思う。

 寄生蟲の体の何処かに開いた孔から、その強烈な激怒は音として発せられた。

「うるせえ、くそったれ!」

 と一喝したトゥトゥは、銛の貫通した蟲の体を力いっぱい引き上げにかかる。

 何かがおかしい。

 熟練の龍蟲払としての警告が、ひやりと首筋を撫でた。

 蟲はずるずると外へと吊り出され、次に足が出てくる。

 そのはずだった。

「なに」

 クロシュは我が目を疑う。

 銛を握りしめる愛息に警告した。

「だめだ、離して!」

「あと一息なんだろ、くそ――」

 クロシュが見たもの。

 トゥトゥの銛が突いていたのは胴と足の境にあるはずの、蟲の弱点ではなかった。

 突いたのは胴と胴の境目。

 胴だと思って見ていたものは、この悪知恵の働く蟲の作った偽物の胴だったということ。

 二重の胴を持った寄生蟲。

 片方は、おとり。

「トゥトゥ、だめだよ!」

 ぶつっ、と偽胴が千切れる。

 蟲が千切ったのかもしれない。

 銛がすっぽ抜ける予想外の手ごたえにトゥトゥが態勢を崩し、ドクターのブラシの押し付けが緩んだその瞬間を、蟲は見逃さなかった。

 凄まじい速度で発射された墨がトゥトゥの顔を襲う。

 防ごうと咄嗟に上げた手に、それから無防備になった首に、龍の肉から解き放たれた寄生足が跳ね上がって巻き付く。

 親玉の蟲は、足を伸ばせばトゥトゥの身長と変わらないような巨体だった。

「ぐうっ」

 と、トゥトゥの喉から押し出された空気が、言葉の代わりに助けを求める。

 我に返ってクロシュは銛を持ち出した。

 絞めつけられたトゥトゥの肌は真っ白に変わりつつある。

 ドクターがブラシを近づけると寄生蟲は嘲笑うように鳴いた。

 ますます強く締められたトゥトゥは苦しさに足をばたつかせ、そしてもんどりうって海に滑り落ちる。

 立っているクロシュの首ほどの深さの海だが、それでも窒息するには充分な水深だ。

「ああ、くそっ」

 クロシュは後を追って飛び込む。

 海の中に入られては薬剤も効くまい。

 遠くで上がったしぶきが、泡として視界の端で認識される。

 応援のためドクターも海に飛び込んだのだろう。

 それにしては遠くないか、という疑問は脳裏にちらっとかすめるだけで過ぎ去り、クロシュは銛を後ろに引いた。

 しゃにむに胴を目掛けて突き込んだが、成人したセムタムの力でも傷ひとつ付けられない。

 ならばやはり胴と足の境に銛を撃ち込むしかないのだ。

 何が何でも。

 

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