第10話 懐古を知るには対価がいるそうだ


――とあるホールの喫煙所で一服したときだ。喫煙者に一人の男がやってきた。

ガタイがよく、また見てくれは至って普通に見えた。が、どことなく異質に思えた。


「先客がいたか」


そう言って煙草に火を灯す。

首を一周する入れ墨は裏の人間かと警戒するも、男は困ったように言った。


「そう警戒するな。ただの通行人と思ってくれ」


気分を悪くさせてしまった。まぁ、ただの通行人にしては少々怪しい気がするが。

男が一本吸い終わると早々に喫煙所から出て行こうとする。たまたま入り口近くにいた俺は男とぶつかってしまう。


―――せ、い…


「――!」

「あぁ、すまない」

「いや……構わないさ」


ぶつかった時に視えた光景に思わず後を追いかけようとするも、その光景は嫌に鮮明で異常だったせいか一歩も動けなかった。


「……あいつ、もしかして」


人は様々な記憶を持つ。

喜怒哀楽や快楽、憎悪といった感情を持つ人はいつ見ても千差万別で決して同じではないと思っている。

煙草を咥えてホールへ出れば人の波が押し寄せる。大方目当てのアイドルの握手会へ足を運ぶ連中だろうと自分は脇道を通る。


(ん?)


違和感。

まるで体が宙に浮くような感覚。そして何より遠目からでもわかる――司書さんの姿。

その彼女から突然離れて走るもう一人の女は、司書さんの友人だ。


「おいおい……」


前を見ているようで見ていない。現に何かを叫びながら走っているせいで目前の下り階段に気が付いていない。


「おっと、危ないぞ」

「!」


あと一歩進めば女は階段から転げ落ちていただろう。柄にもなく助けてしまった。


「あんたは図書館で……」

「そ。知り合いと一緒にこのホールに来たんだけど、飽きたから帰るつもりだったんだ」


―――な…て、る


「……司書さんは近くにいるの?」

「? まぁ一緒にいるけど」

「じゃぁ司書さんに明日会いに行くって伝えといてよ」

「今は会わないの?」


今は会うつもりはない。


「それに、あんまり過去に固執しすぎると返って悲しむのは自分だから気を付けて」


怪しむ女に俺は忠告する。

痛む頭を押さえつつ俺はその場から去る。


(一度行ってみるか)


取り出した端末には“ナイトクイーン”という文字。

タップすれば案の定面倒だと言わんばかりの声色に少々かける時間を間違えたと後悔する。


『なに?まだ営業時間外よ』

「すまないが調べてほしいことがある。急用だ」

『人使いが荒いわね。どういう内容かによるけど』

「“人狼”について教えてほしい」


電話の向こうでは「高くつくわよ」と言われたが仕方ない。

その分適当に稼いで払えばいい。


『……貴方、使ったのね』

「好きで使ったわけじゃない。勝手に流れ込んでくるだけだ」


人は千差万別。

能力者がそれなりにいるこの帝都では、俺もその能力者の一人である。


(人さまの記憶ってのは、いつ見ても恐ろしい内容ばかりだ)


【 記憶 】は語る。

過去と現在における、人の人生を鮮明に物語ってくれる。

忙しなく歩く者やゆったりと歩く者。笑い声、溜息。

――嗚呼、なんて騒がしい連中だ。


「記憶に触れるってのも、案外楽じゃない」


痛む頭を押さえつつ、やるべきことをやるために足を動かす。

脳裏に浮かぶのは案の定司書さんの姿とは、俺も相当馬鹿な男だと思う。


「頼むから、これ以上厄介事は起きないでくれ」



♂♀



静寂とは反対に喧噪な街並みの帝都は多くの住民が町を歩く。

そんな様子を高層ビルの屋上で見下ろす一つの影。


「おや?そんな所に居て、なにかあったのかい?」


体を這いつくばるような嫌な声に思わず睨むも、相手はケラケラと嗤う。

変わらず嫌な奴だと思いつつ再び喧噪の街並みを見下ろす。


「そんなに見たって、お目当ての連中は見つからないさ」


煙管の紫煙が鼻につく。


「レイも志田マサキ殺害に失敗したんだと。

どうせ本気で殺そうとしないまま遊んだだけの餓鬼だよ」

「……」

「だんまりかい。まぁそうさな……アンタがはまだ生きてるよ」

「奴を殺すのは俺だ。アンタは黙ってろ」


むき出しの牙に逆立つ毛並み。その容姿はまさしく【 人狼 】

月こそないが獣の本性が告げる。奴を殺すのは自分であると。


「非能力者を徹底的に排除しな」

「わかってる」


雲が太陽を隠す。

同様に獣の咆哮が町中を轟かせることになろう。


「さぁ、次は誰が狩られるか」


嗤う女――ルイラ・レイラはそう言った。

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