第2話 それが序章のほんの一部ってことなのさ



『――本日の帝都は一日を通して晴れ模様とされ、また先日の変死体から警察は能力者による犯行だと見て調査を進める方針で――』


変死体の事件から数日。町は相変わらずだ。

一つ言えるならトップアイドルとプロゲーマーが現在コラボ配信しており熱狂的な信者たちが多いに盛り上がっている。


「アヤさんはどう思う?」

「コラボの話?それとも事件の話?」

「んー……後者」

「なんで間を空ける」


テラス席でのんびりと原稿用紙とメモを広げて筆を進める菊羽田きくはたサナと端末を使用して仕事をする岩鍛代いわきたいアヤ。

彼女たちはとある事件からの仲だ。意外と気が合うし、こうして他愛ない会話だってする。


「変死体の四肢は全て逆方向に捻じ曲がり、目は酷い充血。警察は能力者が関与していると見て調査を進めている……まぁそういう風に捉えるのが常識か」

「人体を簡単に無残な姿に変えられるなんて普通の人間ではできない」


でも、分かり易すぎる。


「そうなんだよ。刺す、絞殺、撲殺といった手法ではなく

奇々怪々な殺人方法をわざわざ見せつけるように行った犯人の動機はいかに?」


メモには走り書きの文字と赤ペンが記載されている。肝心の原稿には一切手を付けていないが。

事件を元に推理小説でも書くのかと問えば書かないと返ってきた。


「推理は専門外でね。どちらかと言えば脳が勝手に物語を教えてくれるんだ」

「妄想ではなく?」

「違う。日常のその先に一体なにがあるのだろうか……私はそれを追求したい」


眼鏡の奥に見えた色素のない瞳はアヤの姿が映し出されている。


「アヤさんは分かるんじゃないのか?その先を」

「……さぁ。私にはさっぱり」


そろそろ仕事に戻らなければ。

アヤは立ちあがり端末を持って部屋へ戻ろうとした所にあの不良大学生菟玖波つくばコウジがやって来たではないか。

不味い。そう悟ったアヤは戻るか否か悩んだが。


「知り合い?」

「……一応」


好奇心には敵わないのか、サナはコウジを見るやアヤに訪ねてきた。

一応知り合いなのだが仲が良いかと問われればそうでもない。


「司書さんの友達?」

「そうだよ」

「ふーん……」


なんてデリカシーのない男だこと。

彼は有無を言わさずに此方に割り込んできた。サナを見定めるようにジッと見つめて言葉を放つ。


「彼女は私の大事な友達なの。これから私は仕事に戻るからここまでのようね」


厄介事になる前に早々と切り上げたためサナは別に構わないと言って原稿用紙とメモを鞄の中に入れる。対してコウジは気に食わないのか少し不機嫌そうだ。


「なに?司書さん今から仕事?」

「えぇ」

「じゃぁ明日も来る」


この時サナは首を傾げるも、それが嫉妬なのであろうと解釈しアヤより先にテラス席を離れた。



♂♀



大学の授業を適当に受けたあと、いつも通り国立図書館へと足を運んだは司書さんがいないか館内を歩き回った。本がところ狭しと並ぶ本棚は天井までそびえ立っており、流石は国立とあって種類も豊富だ。

そんな館内をあの司書さんが一人で管理していたのも驚きだ。本が好きだと言ったあの表情は今でも忘れない。


「――犯人の動機は如何に?」


ふと、テラス席で声が聞こえた。

いつもは灰皿と珈琲を持参して訪れるその場所で、見知らぬ女と司書さんが座っていた。

笑う女につられて司書さんも笑う。仲がいいのだろうか?自分に向けることのないその笑みはどう考えても自然に出てくる柔らかな笑みだった。


「司書さんの友達?」

「そうだよ」

「ふーん……」


割り込んでテラス席へ向かえば司書さんは嫌な顔で俺を見た。どうやら眼鏡をかける色彩の無い目を持った女とは友達らしい。

これから仕事だと言った司書さん。ついでに女は俺の顔見て察したのか先にテラス席から退場した。


(……なんだ、アレは)


女が仕舞うメモには “四肢を捻じ曲げる” “犯人の動機” といった走り書きの文章を一瞬でも記憶に焼け付いてしまったが、一応気に留めることにしよう。

確かニュースになった変死体の内容と一致している。女は警察なのだろうか。


「司書さん今から仕事?」

「えぇ」

「じゃぁ明日も来る」


厄介だな。警察がいると色々面倒だ。

外に出て仕舞っていた煙草を取り出す。紫煙を纏う俺を司書さんは嫌だと言っていたっけ。


「能力者ねぇ…。もし司書さんが能力者嫌いだったらすげぇ悲しいわ」


目に焼き付いた司書さんの笑みは絶対に忘れない自信がある。

例え立場が違えど、俺はすべきことをやるだけだ。



♂♀



時は数時間前までに遡る。

有名アイドルグループのリーダーとプロゲーマーのKこと、西八尋にしやひろルカと奥向江おくむかえカホは生配信のコラボをしている最中だった。

巧みな操作技術を駆使するカホとは違ってルカはたどたどしい操作で何とか追い付いている。


「中々進まない~」

「そこアイテム取ってそのまま進んだらいいよ」

「なるほど……って、いやぁぁあぁああ!ゾンビぃぃい!」


響く絶叫に思わず耳を塞ぎたくなる。

今やっているゲームは最近発売されたゾンビホラーの類で難易度はルカの為に優しいノーマルで進めている。


「絶叫はピカイチじゃん」

「もうやだぁ……Kちゃんどうにかしてよ」

「セーブ地点まで我慢して」


気が付けばKちゃんというあだ名―とはいいがたい名称―を貰ってしまった。

彼女はいつも自分の配信動画を見てくれていると聞いて正直嬉しかったので良しとしよう。


「Kぇぢゃぁぁんっ」

「うわ、何してんの」


ホラー耐性無い癖に必死に自分に追い付こうとする姿はなんだか成長途中の子供を見ているようで。


(まぁ、いいかもね)


こんなコラボあってよかったかもしれない。

でもそんなに叫び必要がある?と疑問を持つくらい煩いが。



♂♀



携帯ラジオ片手に不気味に笑いながら道を歩く一人の少年。

とは言っても、おおよそ高校生であろう彼は淀んだ目と陰鬱な雰囲気を纏っており手に持っている携帯ラジオからは自身が愛して病まない“推し”と称されるアイドルの声が聞こえてくる。


「嗚呼ルカさん、今日も素晴らしい天使のような声……!でもあの忌々しい女と一緒だなんてルカさんが穢れるじゃないか……なんで、なんであの女がルカさんと一緒にいるんだ……!」


ブツブツと俯きながら愛して病まないルカの声に酔いしれながらフラフラと商店街を歩く。どう考えてもそのひょろ長い体躯は不健康極まりないもの。だからといって少年からすればルカの声が聞けるだけで幸せなのだ。


――ドンッ


「――ッ」


前方不注意だった少年は何かにぶつかった。ギョロリとした目で前を見ればガタイの良い男が眉を下げて此方を見る。


「おっと、大丈夫か少年」

「……大丈夫です」


見た目に反して温厚そうな男だ。どこかのチーマーか輩か、男の首を一周するような形で入れ墨が彫られている。それ以外にも鼻に一文字の傷が目立っていた。


「アイドルのラジオを聞く分にはいいが、前を見ておかないと怪我するから気を付けるんだぞ」

「はぁ…。忠告どうも」


やけに他人の心配をするもんだ。普通ぶつけられたら嫌な顔くらいするのに。

まるで子供に言い聞かせる先生や父親のような男だ。くしゃりと笑いながら男はどこかに行ってしまった。


「……あれ?」


そこでふと、気が付いた。


「あの男……なんで僕がルカさんのラジオを聞いているってわかったんだ?」



♂♀



『――続いてのニュースです。

謎の変死体発見の事件から現在に至るまで同じような外傷を負った死体が次々と発見され、警察本部局は警備部隊を増員し、さらなる強化と町の巡回を行う方向に固めたそうで――』


またも同じような変死体が次々と発見され大体のメディアがこぞって報道する。

男はそのニュースを見ながら手馴れた様子で煙草を吸う。


「まだ見つかっていないのか……そりゃそうか。どう考えても人間警察官様なんぞに犯人を見つけることはできないんだよ」


スクランブル交差点の中心で男は呟く。くだらないと、くそったれと心中思う。


『即報です。国立文豪名誉授賞の発表が決まりました』


その言葉に男は反応する。アナウンサーの口から発表は明日に報道されるそうだ。

名だたる文豪候補者が紡がれる中で男は。


「成長したもんだなぁ」


どこか悲しそうに呟き、そのまま人込みの中へと消えていったのだった。

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