第7話 不穏な空気に包まれる


乱れる髪を気にも留めず女はビルの中を捜索する。

女―カノン―は先ほど連絡を取った相手からこのビルにいる四人目の保護を頼まれた。

入ったビルは悲惨なほど血濡れの現場であり、受付らしき席には顔を抉られ息絶えた死体。血の痕跡といえる足跡は全て同じであることから、犯人は恐らく1人。


「2階ね」


何故かエレベーターは故障しており、またサイレン音が外から聞こえてきた。

非常階段を上って2階へと足を進める。


「酷い……」


廊下が死体の肉片と血で溢れかえっていた。特に男性らしき死体が多い。

血だまりの中を歩く。するとある一つの部屋から光が漏れている。


「誰かいるの?」


カノンは慎重に中を覗く。と、そこにいたのは世間で有名なアイドルグループDREAMドリームのメンバーが。そして四人目となるDREAMのリーダー西八尋にしやひろルカがいた。


「私はカノン。貴女たちを助けに来たわ」


喜ぶメンバーにルカは。


「貴女は一体……」

「話は後よ西八尋ルカさん。貴女だけ私と一緒に来てほしい所があるの」


カノンは素早く警察に連絡を入れた。また、彼女たちの傍らには首を切断され死亡した遺体に祈りを捧げる。

たまたま外に警察がいたためすぐに到着した。悲惨な光景を目にした警察にある程度の事情を説明したうえでカノンは鞄から女性用のパーカーを着させルカを連れ出した。


「タクシーを呼ぶわ。それと……この先何があっても絶対に諦めないで」

「どういう、ことですか?」

「貴女はリュウキに呼ばれた4人の1人。そして残る3人もリュウキの元へ向かっているはず」


タクシーに乗り込りこむ。ビル街から離れた田舎道を走る中でようやくたどり着いた一つの一軒家。

一軒家とはいっても、まるで物語に出てくるような洋館といっても過言ではなかった。爽やかな空に映える色とりどりの庭園を進み真っ白な玄関扉をノックする。


「連れて来たわよ」


ドアが開く。

そこにはルカがかつて見た夢の主であり、年若そうな青年でもあった。

たおやかな雰囲気と柔らかな微笑みにルカは思わず顔を赤らめる。モデルのような青年に顔を赤らめるのも仕方がないといえよう。


「やぁ西八尋ルカさん。キミを待っていた」


青年はルカを手招いた。


♂♀



驚く警察に騒ぐ野次馬。その視界に触れぬ片隅で男は。


「少年にはキツイ光景だったか?」

「……あんなの、これから起こりうることなんですか」

「そうだ」


列車の車内で首が切断された女の死体と正体不明の化け物の死体を取り囲む警察の姿を見つめる。

つい先ほどその死体を発見した駅員曰く。


「死体を発見する前に三人の女性が駅を降りたんです。

その中に先日文豪の受賞を受けた女性らしき人がいたのですが……」


警察に事情を説明する駅員の言葉に男は反応した。


「? どうかしましたかダイトさん」


男―四月朔日わたぬきダイト―は何でもないと言った。その傍では怪訝そうな顔で見つめる少年―小鳥遊たかなしライ―。

駅を背に二人は離れることに。


「確か文豪の受賞を受けたのは都心に住む女性でしたっけ?」

「……そうだな」

「まぁ、僕はルカさんの天使の歌声が聞ければそれでいいんですが」


文豪より愛しのアイドルを優先するライにダイトは苦笑いを浮かべる。

そもそも二人がこうして出合ったのには理由があった。

数日前にライの不注意でぶつかってしまった相手こそダイトであり、また都心のスクランブル交差点の信号待ちでたまたま再開したダイトからある提案が。


「――少年、キミはバイトに興味はあるか?」


ライは現在高校三年生だ。受験を控えた彼は非常に金欠だった。

都心にしては多額の時給に思わず目が眩むが、内容を聞いた瞬間冷水を浴びせられた感覚が襲う。


「能力者の観察だ。お前さんも能力者じゃないのか?」

「……」


だとしたら。

なんて口にする前にダイトがメモを渡してきた。興味があるならここに連絡をしてくれ、と去り際に言われたのを思い出す。


「観察とはいえ僕は何の役にも立ちませんが」

「何を言う。お前さんの能力について多少調べてあるんでね」


既にライの情報を手中に収めているダイトは暗にライに対して脅しの材料にできるというわけだ。


「観察以外にも笠原かさはらリュウキへの妨害も含まれている」

「笠原…?もしかして都心の地主の?」


とんでも無い奴にバイトの受諾をしてしまったライは血相を変える。


「踏み込んでしまったら最後。俺もお前さんも共犯者だ」

「……命の保証はしてくれますよね?」

「コッチが持ち掛けたんだ。保証はする」


道中見えた書店看板には“文豪作家作品の取扱店”にダイトが立ち止まってずっと見ていた。


(この人、小説好きなのかな?)


なんて思いながらライは彼の後ろを付いて行ったのである。

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