ウチのアイツが言うことにゃ
Nine・Game
第1話 それは序章すら到達できない
近未来都市 帝都
帝都では能力者が存在する。
或る者は火を、或る者は風を。そんな能力を持った人たちを人は能力者と呼んだ。
眼前に広がる巨大な書物の数々を慣れた様子で通路を歩く一人の女。
(また来てる)
通路の奥には自然を見渡せるテラス席がある。心地よい爽やかな風と温かな気候は絶好の読書日和だ。そんなテラス席で紫煙を纏う一人の男と視線が合った。
嗚呼最悪。なんて思う前に男が速足で此方へ近寄ってきた。
「司書さん、今日も見回り?」
「こんにちは不良大学生君。いい加減煙草止めてくれない?」
テラス席には持参してきた灰皿と近所で売っている珈琲店のタンブラーが。
ここは公共の施設であり、飲食や煙草は厳禁だと何度注意したか。
「無理」
「出禁にするぞ」
「司書さんに会えないなんてもっと無理」
端正な男前の顔立ちをした男はワザとらしくしょんぼりしている。
「ねぇ司書さん。いい加減デートでも行こうよ」
「キミとは友達でも恋人でもない。ただの司書と大学生という関係だけど?」
事の発端はいつだったか。
初めて司書としての職務に就いた頃はまだ彼はいなかった。確か2年ほど前だろうか?現在大学三年生の彼こと
偶々彼が資料を探していると尋ねてきたのが出会いの始まり。
「一回くらいいいじゃん」
「嫌」
何故かこうして執着されるなんて誰が思う?
付いてくる彼を適当にあしらい関係者以外立ち入り禁止の通路を前にすると、彼は追ってこなくなった。
――こういうところは弁えているんだね。
「また来るよ」
「もう来なくていいよ」
嫌でもわかるその笑いに思わず睨んでしまったがいつものことだ。
♂♀
雨が降り続く都心のスクランブル交差点にて。
交差する道路の真ん中で一人、青色の傘を差す女はビルに張り付いている液晶掲示版で放送されている内容を見ていた。
『――今朝未明、〇×番地のコンクリートマンションにて謎の変死体が発見されました。
遺体の手足が逆方向に折れ曲がっており、また異常な充血が見られ――』
淡々の述べる男性アナウンサー。
この事件をまるで他人事のように捉えているように見えた。そりゃ自分が被害者ではないのだから他人っちゃ他人だが。
『――続いてのニュースです。あの有名アイドルグループ“
不穏なニュースを一転するように明るくポップな画像が出てきた。
信号が赤に変わりそうなのに、町行く人は画面に釘付けだ。
「そりゃぁ、人気絶頂のアイドルだもんな」
赤信号へと変わったスクランブル交差点。その中央には、誰もいなかった。
♂♀
次第に雨が止み、雨雲から日光が差す。先ほどまでの雨のせいで水たまりが出来てしまったが私には関係ない。
「ルカさん!総選挙一位おめでとう御座います!」
押し寄せる人、人、人。貼り付けた笑みは最早慣れっこだ。
マイクとカメラ、ボイスレコーダーを持つ記者とTV番組スタッフの波は留まることを知らない。
「今後もDREAMの活動は絶好調ですね!」
「皆の力があってこそDREAMなので、これからもチームの皆と一緒に頑張ります!」
国民的人気アイドルDREAMは帝都では知らない人なんていないアイドルグループだ。
リーダーである
「まるで天使の歌声のようだ」
「イケメンボイスっていうの?かっこいいよね!」
――なんて、どうせ私自身を見てくれないくせに。
国民が求めているのは完璧な
それ以外は国民にとってガッカリする代物へと成り下がる。生まれ持った天性の声は彼女が能力者だという、外ならぬ裏事情があった結果だった。
それでも自分を必要としてくれるなら、それでも私を欲するなら、などと心の片隅で燻ぶるどす黒い感情が出てくる。
「ルカちゃん」
控室でメイク直しをしている途中でマネージャーがやってきた。
「キミが前から気になっていたプロゲーマーのKさんからコラボの承諾が来たんだ」
その言葉に思わず声に出して喜んだ。プロゲーマーKとは帝都だけではなく国外でもその名を轟かせている世界一位の腕前を誇るゲーマーだ。
ルカにとって彼女は非常に救いの存在であった。仕事で疲れた心を楽しませてくれたゲーム配信者でもあったからだ。
「向こうが言うにはホラー配信したいって……ルカちゃん大丈夫?」
「……ちょっと抗議したいくらいですね」
知ってか知らずか。
嗚呼神様、なんでよりにもよってホラーなんですか。
♂♀
無数に散らばる紙切れと机に転がるペン。散らかり放題の我が家(家賃は都心でもかなり低めの物件)に当然何とも思わない。
気まぐれに書き連ねた断片だらけの物語にさして興味が無く、だからといって締め切りには頭が上がらない。
「人気アイドルもプロゲーマーも大変やねぇ」
ザァザァと降りしきる雨の中、ようやくお目当てのスナック菓子を購入した。ついでに国立図書館へ足を運び友人と応接室で気ままに会話をし、道中電子掲示板のニュースを見たばかり。
原稿用紙とメモ用紙、少々古びたペンを持って新たに物語を書き始める。
「謎の変死体か……こいつは面白い」
伏せた写真立てを横目に
「明日か明後日か。彼女に聞けばわかるだろ」
♂♀
――pipipi
薄暗い部屋に響く電子音と不規則的で規則正しい適正な操作音。
先ほどきたとある芸能関係者に連絡の返信をしてから早数日。
元々暇つぶし感覚でゲーム配信を始めた結果何故かプロゲーマーという地位に居座ることになった。今までの仕事を捨ててのんびり自堕落にゲームをして稼ぐなんて最高だ!
「
――この男がいなければの話だが。
道の道路側を歩くこの男はどう見たって不良にしか見えない。加えて派手な印象を与える髪色、服装からして近寄りがたい。薄っすらと目を細め道行く人を睨んでいる。
「やめて。目立ちたくないから」
「でも……」
「いいから」
どういうわけかこの男―
かつて怪我を負った彼を知ってか知らずか助けたのが原因らしい。
カホが外へ出れば必ずといっていいほどマサキは現れる。住所は知られていないためほぼ直感でカホを探していたらしい。
(忠犬通り越してストーカーにならなきゃいいけどさ、どう考えても無理だわ)
暑苦しい男は好かない。
だが暑苦しい以外に、意外と紳士的なので文句が言えない。必ずカホの歩幅に合わせて歩いたり危ない道路側から守ったりする。
「姐さんが無事ならそれでいいんスよ。女性は怪我無く常に笑ってくれればいいんです」
なんて、どこぞの少女漫画のようにマサキは笑うが、カホからすれば背筋が凍るほどの展開と台詞に苦笑いしか出なかったのは秘密である。
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