第42話 ありがとう

「お母さんを、ねぎらってあげたい」


 琴葉ことはと私の関係が改善されてからすぐのこと。


 私、安昼やすひる、琴葉、詩音しおんで人生ゲームをして遊んでいると、琴葉が意を決したかのような表情でそんなことを言い出した。


「ほう。どんなことをしてあげたいんだ?」

「料理とプレゼントと……後はかんしゃの手紙とか」

「凄くいいんじゃないかな、きっと喜ぶと思うよ」

「本当は引っ越してすぐしようと思ったけど――詩音がグズったから」

「う……ご、ごめんなさい」


 琴葉の言葉にしょんぼりした詩音を見て、私は出会った日を思い出す。


 そうか……何故親も無しに二人出歩いているのかと思ったら、母親にサプライズをしようとプレゼントを買いに行っていたのか。


 しかし見知らぬ土地ゆえ、迷ってしまい失敗したと。


「でも詩音くんは強い子だからもう平気だもんね?」

「え、あ……お、お兄ちゃんがいれば!」

「よし、じゃあ一緒に頑張ろう」


 すると凹んだ詩音を安昼がすかさずフォローし、元気を取り戻した詩音はパンと安昼とハイタッチする。


「…………」


 安昼がいてくれて本当に助かった。

 何せ詩音を一切気にしなくていい状況を作ってくれたお陰で、私は琴葉と向き合うことが出来たのだから。


 ここ数日間の安昼には、本当に感謝しかない。


「ただ学校が始まったらもう無理かもしれないし……出来れば今日したい」


「ふむ……それはそうか、しかし問題は――」

「予算がどれぐらいになるかって所かな」


 子供が一生懸命作ったものであればなんであろうと喜ぶと思うが、琴葉の望みを叶えるのであれば資金的に怪しい部分はある。


 ならばここは私達が、と言いたい所だがDOTMの一件で私的流用をしてしまった私の財布は親に握られてしまっている……。


「ううむ……何かいい手は――ん」


 そう思っていると太腿に振動を感じた為、私はポケットからスマートフォンを取り出すと紗希さきさんから連絡が来ていた。


「すまない、少し失礼する――もしもし?」

『ああ、すまない楓夕ふゆDOTMダークサイドオブザムーンのことで相談があるのだが』

「はい、それは全然構わないのですが――実は今……あ」

『ん、なんだ、どうかしたのか』

「――紗希さん、今からDOTMをと一緒に来ることって出来ますか?」

『? まあ、その方が話はし易いし都合はいいが』


「なら良かったです。ではその際お金貸してくれませんか?」

『……は?』


       ○


 そこからは、まさにてんやわんやの始まりであった。


 琴葉と詩音の母親が帰ってくるのは大体19時頃、姉弟をメインに作業を行っていくとなれば時間があるとは言えない。


 故に安昼チームには部屋の飾り付けと料理の下ごしらえをお願いし、私達は買い出しとプレゼントの購入へ出かけた。


 まるで誕生日会でも開かれるのかという様相ではあるが、琴葉は私を信頼して相談してくれたのだ。応えない理由はない。


 まあ紗希さんは完全に巻き添えにしたのは申し訳ないが……。


「オムライスとハンバーグと唐揚げか――……って待て、このラインナップはお前が食べたいだけではないのか」


「は? 何でどれいがくちごたえしているの」

「流石に奴隷とまでは言っとらんのだが」


 まあ利用しろと言っただけでこの飛躍感は如何にも私っぽい気はするが。

 ただ琴葉も争う気は無いのか、一つ息を付くとこう答えた。


「……それは私というより詩音のためだから」

「詩音? ――ああ、成程」


「引っこしてきてからお母さん忙しくて、最近は買ってきたご飯ばっかりだから。詩音も学校に不安があると思うし、それで」


「確かに美味しいご飯ほど元気が出るものはないからな、そういうことなら幾らでも作らせて貰おう、しかし――」


 と、私は琴葉が書いたメニューを見ながらこう続ける。


「野菜類が皆無に等しいのは頂けないな」

「…………ケチャップにトマト入ってるし」

「海外のデブが言いそうな暴論は止めろ」

「うるさい、いつもは食べてるから今日ぐらいはいいでしょ」


 それでも良くはないのだが……野菜が無いことで琴葉達が幸福な日になるのであれば、目を瞑ってやるとしようか。


 そんな話をしつつ、私達は目的地のスーパーに辿り着いたのだったが、着いた所で急に琴葉が「あ」と声を上げる。


「お花屋さんはどこにあるの」

「花? それがお母さんにプレゼントするものなのか?」

「お母さんお花が好きだから、ぜったいに買わないといけない」


 言われてみれば家には無数の花が飾られていた。

 種類も豊富でどれもが綺麗に手入れされており、部屋が明るく見えていいなとは思っていたのだが。


「そうだな、花なら隣町の駅前にあったと思うが――」


 切り花は精々1週間で枯れてしまうのだ。

 折角の思い出になるものを、早々に終わらせるのは少々勿体無い気がする。


 だが造花というのも味気がないしな……と思いながら店内を歩いていると、文具コーナーを横切った所であることを思いついた。


「そうだ」

「? なに?」


「折り紙で花束を作ってみるのはどうだろうか」


       ○


 家に戻ってからも、当然忙しい時間は続いた。


 部屋の飾り付けと下ごしらえは終わっていた為、私達はプレゼント制作を5人一丸となって進めていくのだが、これが中々どうして上手くいかない。


「いや……花を折るのは難し過ぎないか楓夕よ」

「腐っても教師が何を言っているんですか。ほら、ここは折り筋を――あれ?」

「これだから大人は――いいですか、これは押しつぶすようにして――……」

「出来ていないではないか」

「手元がくるっただけですから、一々あげ足とらな――」


「できたぁ!」

「おー詩音くん上手だなぁ、俺も出来たけどちょっと汚くなっちゃった」

「ふふふ……僕だってやればできる」


「「「…………」」」


 結局思いがけない詩音の才能と、意外に折れている安昼に圧倒された私達は、大人しく葉っぱと茎の制作担当になることに。


 とはいえ、詩音が活躍出来る場となったのは嬉しい誤算であった。


       ○


「さて、そろそろ始めるとしようか」


 そうこうしている内に日は傾き、母親が帰宅まで残り1時間となった頃。

 私達は料理の仕上げ作業へと入っていた。


「安昼、そろそろ唐揚げを上げてくれ」

「了解!」

「ハンバーグはしっかり空気を抜いて、成形もしっかり頼む」

「オーケイ、出来たよ」

「よし、じゃあオムライスは――」


 正直この作業が一番時間との勝負になると危惧していたのだが、グラタンの経験が活きたのか、想定の何倍も早く進む調理に私は少し驚いていた。


(口にせずとも、安昼が私を分かってくれている)


 そんな事実に、私は妙に嬉しさを覚えてしまうのだった。


「…………よし、できた」


 そして最後に琴葉が盛り付けをした所で、料理をテーブルへ運び準備は完了。

 昼前から始まった慌ただしい作業は、ようやく終わりを告げたのだった。


「ふう……何とか間に合ったな」

「後は母親を待つだけだな」


「お母さん……喜んでくれるかなぁ……?」

「勿論だよ、だから一杯ありがとうって言ってあげような」

「うん……! が、頑張る……!」


「――……」

「? どうした琴葉、緊張しているのか」


 気の弱い詩音が緊張するのは無理もないが、この程度では緊張しないと思っていた琴葉が手紙を片手に固まっていた為、私は思わず声をかける。


「べ、別に、そんなことは」

「――……まあ、そうだな。なら一ついいことを教えてやろう」

「は?」


「実は雨夜あまやはな、愛を貰うことにとかく弱い生き物だ」

「愛に……ですか?」

「そうだ、だから気負いせず思いっきり行ってやるといい」

「なら――あなたもそうであると?」


「無論だ。そのせいで私は安昼が好き過ぎて毎日困っている」

「……それはまた、ひどいノロケですね」

「だろう? だから心配するな、お母さんも簡単に惚気ける筈だ」


「そうですか――……ありがとうございます、


「楓夕! 雨夜先生からお母さん帰ってきたって!」


 すると、外で母親の帰宅を見張っていた紗希さんからそう連絡が入る。


 同時に気配に反応したDOTMが玄関へ向かった為、私は折り紙で作られた薔薇の花束を琴葉に手渡すと最後にこう言った。


「さあ行って来い」


 琴葉は小さく頷くと詩音の手を取り、DOTMを追うように玄関へ向かう。


(…………)


 そしてガチャリと解錠する音と共に玄関扉がゆっくりと開かると、女性の声が部屋の中へ入ってくる。


 その瞬間、琴葉と詩音の声が玄関に響き渡ったのだった。




「「お母さんおかえりなさい! いつもありがとう!」」

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俺の許嫁がクールで毒舌が過ぎるので本気でデレさせてみた 本田セカイ @nebusox

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