第17話 スタント
犯人は分かったものの、大事なのはそれから先どうするかだった。犯人を名指して、非難しても意味はないのだ。もっと上手く解決して、家の中を、以前と同じに戻さなければいけない。
準備を整えて事務所で待っていると、予想通り、午後二時過ぎに電話があった。妻はいつもの落ち着いた口調で、チョビがまた逃げたと言った。
玄関を入るとさっそく、奥の方からドタバタという足音が聞こえてきた。「ほら、そこ」「あっちだ」という声もする。
私がリビングに入っていくと、満里恵がやって来て、持っていた捕虫網を「はい」と差し出した。昨日までの鬱屈は消え、また目を輝かせている。
「おっ、やってるな。たまにはおまえが網の係になってみるか?」
妻の声がした。「満里恵、後はお父さんにまかせて、あなたは勉強しなさい」
俊樹は床に這いつくばって、家具の下をのぞいている。「どこいったのかなぁ? また消えたぞぉ」
しばらく皆で探したが見つからない。おそらくチョビは、どこか居心地のいい場所で落ち着いているのだろう。こうなったら、長期戦を覚悟しなければいけない。だが、その方が私にとって好都合だった。
「台所の方にでも行ったんじゃないか?」私は自然に振舞った。「それとも洗面所か……昨日見つけたのも洗面所だったからな。ちょっと見てくる」
洗面所に行き、チョビがどこにもいないのを確かめてから、続きのトイレに入り、一旦扉を閉めてから再び開け、大声で家族を呼んだ。
「おーい、ちょっと!」
最初に俊樹がやってきた。「いたの?」
続いて満里恵が来て、最後に妻が来た。
三人は、トイレの中に立っている私を無視し、トイレの床を見回している。
私は小窓を指差した。窓はわずかに開いている。
「これ、見ろよ」
窓枠は五センチほど内側に出っ張っていて狭い棚のようになっている。そこに、ヒマワリの種が三粒ころがっていた。
「まさか、落ちたんじゃないだろうな」
私は小窓をいっぱいに開け、二十メートル下の道路を見た。
「大変だ、道路に何か落ちてるぞ。俊樹、ちょっと行って見てこいよ」
「マジ?」俊樹は私を押しのけて窓から下を見た。「ゲッ、マジかよ!」そう言って、玄関へ走った。
私は神妙な顔で満里恵と妻に言った。「ここの窓、さっきは閉まってたのに、今来たら少し開いてたんだ。変だと思って下を見たら……。きっと、鼻の先でこじ開けちゃったんだろうな」
満里恵の顔は血の気がなく、陶器の人形のようだった。
妻は眉をひそめて小窓を見ていた。「いやだ……」しばらくしてから、非難するような目を私に向けた。「信じらんない」
「じゃあ見てみるか?」私は小窓を指さす。 妻は間髪入れずに首を横に振り、踵を返してリビングへ行った。
満里恵が私を見ていた。何か言いたそうで、瞳には後悔の念が浮かんでいた。私にはそれで十分だった。
私はうなずき、種明かしをしようとした。ちょうどその時、リビングから「あーっ、いたー!」という妻の素っ頓狂な声が聞こえた。
……もう見つけたか。
「満里恵! ほら、こっちにいるよ」妻が呼んでいる。
満里恵はもう一度私を見てから、一目散に妻の方へ駆けていった。
私はトイレの小窓を閉めて鍵をかけ、ポケットから丸まったティッシュを出し、ヒマワリの種を、持ってきた時と同じように包んでしまった。俊樹は今ごろ下の道路で、私がUFOキャッチャーで取ったハムスターのぬいぐるみを拾っている頃だろう。
平和な泥沼家 ブリモヤシ @burimoyashi
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