第16話 日和見主義者の諦観

 私は、車の後部座席に、新品のリス用の檻二つを放り込み、ペットショップの駐車場から車を出して、春日通りを、自宅のある小石川へ向かった。

 檻はイタリア製で、一つ一万三千円もした。太った女主人が「これなら絶対に逃げない」と約束したものだ。家族の誰かがわざと逃がしているかも知れない、と私が言うと、彼女は、親指ほどの大きさの南京錠を二つ、サービスで付けてくれた。ナスカンの代わりにこれをかけておけば、家族といえども扉を開けることはできない。

 正直、ホッとした気分だった。問題の本質から逃げているのは薄々分かっていたが、檻ひとつで、全てが丸くおさまるのだ。新しい檻を買うことは、昨晩、布団のなかでさんざん考えた結果だった。

 ……リスの脱走さえなければ、そもそも、こんなことにはなっていない。妻の言うことを無視して、ビデオなんかを仕掛けたおれが馬鹿だった。さっさと新しい檻を買うべきだったのだ。おかげで、家の中のいろいろな問題を掘り出してしまった。

 だが……

 これでいいのか?

 いいのだ、と言いながら、私は車を走らせる。

 どんな家庭にだって、多少の不和はあるものだ。それを内に抱えながら、毎日を無事に過ごしている。家庭とはそういうものだ。不和をことさら表面に浮かび上がらせれば、どんな家庭もうまくやってはいけないだろう。リスの脱走さえなければ、うちだってこんなギクシャクした状態になってはいない。

 自宅の玄関を開け、二つの檻を運び入れた。

 俊樹は部屋にいるらしく、ガンズ・アンド・ローゼスが聞こえている。満里恵と妻は進学塾の進路相談会に行っていて、今はいない。

 新しい檻を、チョビとニコルの檻の前に並べて置いた。

 ……交換だ。

 私は、愛着のある古い檻を見た。剥げたペンキ、あちこちに浮いた錆、自分で修理したハンダづけの跡。扉の下端には、銀色の棘がまだ光っている。

 私は、人さし指と親指で棘をつまみ、力を込めて前後に揺すった。できれば折り取ってしまおうと思った。こんなものが出ているから危ないのだ。

 ……痛っ。

 棘が指の腹を刺した。

 ……ったく、だから危ないんだ。

 そう思った時、棘が光っている理由がわかった。

 危ないからだ。

 そして、犯人も分かった。

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