第8話 上司としての顔
数日後、いつものようにデスクワークをしていると、部下の佐々木君がバツの悪そうな顔でモカの元へやってきた。
「高城さん、すいません。ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
「えぇ、いいわよ。どうしたの佐々木君、その顔色から見て、何か悪いことでもあったのかしら?」
「はい……実は、運送業者の手配ミスで誤って取引先に商品を納品してしまいまして、今から西川と取引先への謝罪と返品手続きを行わなければならなくなりまして、申し訳ないのですが明日分の取引先資料を急ぎで作成お願いできないかと思いまして……」
「あら、それは大変ね。わかったわ、今日中に、私が急ぎでやっておくわ」
「ありがとうござます。助かります」
ペコペコと何度も申し訳なさそうに謝ってくる佐々木君。
「いいのよ、気にしないで、私も手が余っていたから」
嘘である。
本当は、明日の会議の資料作成で手一杯。
しかし、部下の手助けも上司の仕事。無理でも、部下に心配な様子を見せてはならない。
「せーんぱい! 何やってるんですか? 早く行きますよー!」
「お前も高城さんにちゃんと謝れ西川! 全くもう・・・・・・」
はぁっと大仰なため息をつく佐々木君。
二人のやり取りを見て、モカは思わず朗らかな笑みを浮かべてしまう。
「相変わらず二人は仲がいいのね」
「そ、そんなことないですよ! 部長までからかわないでください!」
顔を真っ赤にして否定する佐々木君。
「ふふっ、ごめんなさい。それじゃあ、そちらの対応は任せたわよ」
「はい、ではよろしくお願いします!」
もう一度律儀にお辞儀をして、佐々木君は西川さんを連れてオフィスから出ていく。
「せんぱーい! 今日終わったら飲みに行きません?」
「そんな呑気に飲める時間に終わらねぇよ」
「え、マジですか、そんなヤバい感じですか今回?」
そんな会話を繰り広げながら、二人は出て行く。
佐々木君は西川さんの教育係をしていたこともあり、直属の上司と部下の関係にある。
西川さんが一人立ちした後も、佐々木君の面倒見の良さもあり、こうして西川さんと一緒に取引先へ出向いたりすることが多い。
でも本当は、佐々木君が西川さんと一緒にいたいだけだったりして・・・・・・!
「ふふっ」
二人の様子を微笑み交じりに想像して見送ったモカは、気合を入れ直すようにしてデスクに向き直る。
「さてと! 私もひと頑張りしないとね!」
気合を入れ直して、佐々木君の急ぎの案件と、明日の会議資料を同時進行で作成していった。
◇
「部長……高城部長」
「はっ!?」
モカはふと顔を上げると、田口君が心配そうな様子で顔を覗いてきていた。
「部長大丈夫ですか? かなり根詰めてるみたいですけど」
後ろの窓を見やれば、既に空は真っ黒色に染まっていて、就業時間をとっくに過ぎていた。
どうやら、モカは気づかぬうちに何時間も作業に集中していたのだろう。
「え、えぇ、大丈夫だわ田口君。お気遣いありがとう」
「何か手伝いましょうか?」
「大丈夫よ。もう就業時間も過ぎていることだし、田口君も先にあがってもらって構わないわ」
恋人である後輩の信也君に対しても、上司としては疲れている自分の姿を見せるわけにはいかないというプライドがあった。
「本当に大丈夫ですか?」
「えぇ、平気よ。気にしないで」
モカは信也君を心配させないように、無理に笑って見せる。
「わかりました。それでは、お先に失礼します」
「えぇ、お疲れさま」
信也君は納得したのかしていないのか分からない曖昧な表情をしていたけれど、渋々といった感じで先に帰宅した。
よしっ、これで誰にも気遣われず、黙々と作業を続けられる。
ラストスパートよ!
私はもう一度気合を入れ直して、目の前のタスクに取り組んだ。
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