第6話 後輩の抱き枕

 二度目の温泉を満喫して部屋に戻ると、机に並べたれていた料理は片づけられており、代わりに真っ白な布団が二つ並べて敷かれていた。

 部屋の奥の布団に寝転がりながら、テレビを見ていたルカと目が合う。


「あっ、先輩おっそい! やっと帰ってきました」

「おぉ、すまん。長風呂してた」


 嘘である。

 佐々木は、出来るだけルカと顔を合わせないようにと、休憩室のマッサージチェアに座り時間を潰していたのだ。


 佐々木は端に置かれた荷物から歯ブラシを取り出して、洗面所へと向かい、先に歯を磨いてしまう。


「もう寝ますか?」

「ん? あぁ……明日も朝早いしな」

「そうですね。なら私も先輩に合わせます!」


 ルカはそう言って、自分の手荷物から歯ブラシを取り出し始めた。

 佐々木は逃げるようにして洗面所へと向かい、先に歯を磨く。


 鏡越しに後ろでちょこんとルカが順番を待っている。

 一度退いて、ルカに水道を譲ってあげようとしたら、突如何を思ったのか、ルカは後ろからぎゅっと腕を回して抱き付いてきた。


「ちょ!? 西川」

「先輩……好きです。あと、ルカって呼んでください」

「お、おう……」


 やめてくれ、そんな可愛らしく好きだって言わないでほしい。本当に悶え死んじゃうから。


 佐々木の気持ちなど露知らず、浴衣の袖をきゅっと掴んで頭を佐々木の背中に預けるルカ。


 結局、どうしたらいいのか分からぬまま歯を磨き続けて、うがいが終わるまでルカはずっと後ろから佐々木に抱きついていた。


「お、終わったから、そろそろ離してくれる?」

「は、はい……」


 残念そうにしょぼんとした表情を浮かべるルカ。

 そんな顔するなよ。なんだか佐々木は申し訳ない気持ちになってしまう。


「先輩は、抱きついてくれないんですか?」


 上目遣いで、縋るように尋ねてくるルカ。


「そ、そんなことしねぇよ!」


 佐々木は恥ずかしさに耐えられなくなり、部屋へと戻っていく。

 ダメだ。

 早く寝よう。

 うん、それがいい。


 佐々木はルカが戻ってくる前に布団に潜り込んで、狸寝入りをすることにした。


 しばらくして、歯磨きを終えたルカが部屋へと戻ってくる。


「あれ? せんぱーい、もう寝てるんですか?」

「……」

「せんぱーい、せんぱい?」

「……」


 可愛らしく声をかけてくるが反応しないように努める。


「はぁ……もう、せっかく二人きりなのに……」


 ルカが何か一人でぼやいていたけれど、すぐに身支度を整えて、ルカは電気のスイッチのところへ立つ。


「明かり消しますよー」


 ポチっと明かりを消して、辺りが真っ暗になる。

 モソモソと自分の布団を探るようにして、ルカが歩く音が聞こえてくる。

 そして、なぜかルカはそのまま、隣の布団に入ってきた。


「えへへっ……せーんぱい」

「ちょ……ここはお前の布団じゃないぞルカ」

「やっぱり起きてるじゃないですか先輩。狸寝入りするなんてずるいですよー」

「いやだってな……」

「だっても何もです。私たちが恋人になって初めての初夜なんですよ?」

「だ、だから?」

「同じ布団で一緒に寝ましょ?」

「……いやだ」

「またまた、そんなこと言ってー。本当はせんぱいも私と一緒に寝たいんですよね?」


 佐々木の考えを見透かしているかのように尋ねてくるルカ。

 本当に居た堪れない気持ちになる。というか、これ以上密着されたら、本当に我慢が出来なくなる。

 ルカは、佐々木の胸の内など知る由もなく、佐々木の肩に手を置いて耳元で囁く。


「せーんぱいっ。こっち向いてください」

「……」


 無言を貫く佐々木。


「むぅ……」


 ルカは強引に首を捻り、佐々木に寝返りを打たせようとしてきた


「ちょ、痛い痛い! 分かった、そっち向くからやめて! 首もげる!」

「もう、最初っから素直に従ってればいいんですよ」


 ルカがぷんすか怒りつつも、佐々木は根負けしてルカと向き合う形になる。

 枕元で、正面にルカの顔が届きそうな距離に近づく。


「ふふっ……なんかこれ、すっごい恋人っぽいことしてますね」

「お前、それ自分で言ってて恥ずかしくないの?」

「恥ずかしいですよ? でも、恥ずかしさより先輩の隣で眠れる幸せの方が大きいです」


 くっ……ホントコイツはそういう嬉しいことをいとも簡単に言ってくれる。

 佐々木は、少しでもルカを照れさせてみたいという反骨心に駆られてしまう。

 そして、佐々木は何を血迷ったか、ルカの華奢な身体をぎゅっと抱きしめた。


「せ、先輩!?」


 驚いたように声を上げるルカ。

 ルカの身体は柔らかくて、抱き心地が良くて、ふんわりと女の子のいい匂いがして、頭がくらくらしている。


「だっ、抱き枕だ」

「へっ?」

「俺は抱き枕がないと寝れない質なんだ」


 思考を落ち着かせるために、咄嗟に出た適当な出まかせ。

 ルカはしばらくキョトンとしていたが、ふっと噴き出した。


「先輩嘘下手くそすぎです。普通に私とくっついて寝たいって言えばいいのに」

「バーカ。お前みたいな生半可で未熟な後輩に縋る先輩がどこにいるってんだよ」

「ふふっ、まあ今回はそう言うことにしておいてあげますよ」


 蠱惑的に笑ったルカは、トロンとした目で見つめてくる。


「それに・・・・・・言ってるじゃないですか。私は、先輩に何されても平気ですよって。だから、いいですよ。私を抱き枕として使ってもらって。なんなら、抱き枕以上のこともして構いません」


 挑発的に誘いこむように言って、モソモソと俺の下腹部に手を伸ばしてくるルカ。

 ルカの手が、佐々木のモノに触れた瞬間。理性の糸がぷつんと吹っ切れた。

 今日だけは、仕事を忘れて、ルカを一人の女性として愛でようと心に誓った。


「ルカ……」

「先輩……」


 二人はどちらからともなく目を閉じて、ゆっくりと唇を重ねた。

 ルカの告白大作戦によって結ばれた二人。

 後日、今晩の出来事を思いだしてしまい、出張先で赤っ恥をかく羽目になるのは、また別のお話。



 ◇



 後日、オフィス内。

 PCで作成資料を作っていると、ふいに耳元で囁かれる。


「せんぱぁい、今日も私、抱き枕になりに行っていいですか?」


 突然耳元でささやかれたので、驚いて椅子をガタッとしてしまう。

 声の方へ身体を向ければ、くすくすとからかうような笑みを浮かべる可愛い後輩の姿があった。

 佐々木ははぁっとため息を吐いてから、辺りを見渡して誰も見ていないことを確認してからちょいちょいと手招きする。


「そういうプライベートの話はラインで連絡しろ」


 佐々木が窘めると、ルカは反省の色なしにニコっとからかい交じりの笑みを浮かべる。


「だって、オフィスで直接聞いた方が先輩顔真っ赤にして可愛いんですもん。本当は嬉しいですよね、直接言われるの」

「そ、そんなことは……」


 苦し紛れにぷいっと視線を逸らすが、顔が熱いのが自分でもわかるほどに火照っている。頬は真っ赤に染まっているのだろう。


「ふふっ……先輩はもうすっかり私の抱き枕の虜ですもんね♪」

「いいから仕事に戻れ! これ以上からかうなら、家にいれてやらん」

「えぇ……抱き枕、いらなんですか?」


 しゅんと悲しそうな目で首を傾げて尋ねてくるルカ。

 ぐっ……コイツ、本と性格悪い!

 佐々木はため息を吐いてから再びこしょこしょと話しかける。


「仕事終わり、また連絡するから、今は仕事に戻れ」

「ふふっ、先輩素直じゃないんだから。でも、そういうところが可愛いです」

「ほっとけ。ほら、用件が終わったなら仕事に戻れ」

「はーい!」


 こうして佐々木は、世界一可愛くてあざとい後輩にからかわれながらも幸せな毎日を過ごしていくのだった。

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