第2話 手違い
場所と時間をメールで伝えて自宅で準備を整えた後、佐々木は待ち合わせ場所へ向かう途中に、なんとかビジネスホテルの部屋を二部屋予約することが出来た。
待ち合わせ場所の新幹線改札に到着して間もなく、西川が急ぎ足でこちらへ向かってくる。
「せんぱーい、ごめんなさい遅くなりました」
腕時計を確認すると、待ち合わせ時間の五分前。
「別に遅刻してないから気にするな」
息をぜぇぜぇと切らして、少し顔もやつれている。
本当に急いで準備してきたのだろう。
「それじゃ、向かうか」
「はい……」
窓口で新幹線のチケットを購入して、新幹線のホームへと向かう。
ホームに停車していた新幹線に乗りこみ、指定の座席へと腰かけると、ようやくゆっくりくつろぐことが出来た。
「はぁ……せんぱぁーい。疲れました」
背もたれに身体を預けて脱力し、コテンと頭を佐々木の肩にのせる西川。
本当に疲れているのだろう、いつもの覇気はない。
「少し寝ててもいいぞ。肩は貸さないけどな」
佐々木はぐいっと西川の頭を窓側の方へ押しやる。
「いいじゃないですかー。先輩のけちぃー」
西川はぷくっと頬を膨らませて抗議する。
佐々木は西川のあざとい抗議の目を軽く受け流して、ビジネスバッグからノートPCと取り出した。車内のコンセントにプラグを差し込み、テーブルを出してPCを乗せる。
そんな佐々木の様子を見て、西川は驚愕めいた表情を浮かべた。
「えっ、先輩移動中にも仕事ですか!?」
「あぁ……今日終わらせる予定だった資料作成」
「うぇぇ……移動中も仕事とか、先輩すごっ」
「効率を考えたらこれくらい普通だ。お前ももう少しで独り立ちするんだから、空き時間を有効に使うこと覚えておけ」
「独り立ち……」
西川は佐々木が言った言葉を小言で反復するように繰り返す。
そして、西川は軽く息を吐いて、視線を下に向けた。
「ずっと、先輩と一緒ならいいのに……」
「……何か言ったか?」
「いえっ、何も! それじゃあ私は、お言葉に甘えて休憩させてもらいますね」
「おう」
PCのキーボードをカタカタと操作しながら、佐々木は生返事だけ返した。
しばらく作業を続けて、チラリと横目で西川を見れば、安心したように窓側に頭を置き、スヤスヤと眠りについている。
本来なら業務時間中なので、何か仕事しろと先輩として注意しなければいけないのだろう。しかし、今の西川にそれを言うことは佐々木にはできなかった。
だって、あんなこと言われたら、ちょっと嬉しくて、甘やかしたくもなってしまうから……。
車内の空調は肌寒いくらい効いているはずなのに、頭から顔全体にかけてぼわっと熱を帯びていくのを、心の中で感じた。
◇
出張先の街に到着して、さらに在来線で数駅行った先にあるビジネスホテルに向かっていた。
佐々木は新幹線に乗り込む前に、二部屋予約したはずだったのだが……。
「申し訳ございませんお客様。本日シングル2部屋でのご予約承っていたのですが、こちらの手違いで違うお客様を急遽対応してしまい、ツイン1部屋でのご案内になってしまうのですがよろしいでしょうか?」
「……」
「……」
佐々木は口をあんぐりと開けて固まった。
フロントスタッフにさらに詳しく事情を聞けば、他のお客様で急遽ツインルームからシングルに移行されたお客様がいたようで、佐々木が予約した二部屋の予約を確認せずに、他のホテルスタッフが空いていると勘違いしてお客様を案内してしまったらしい。
「ど、どうしましょうか先輩?」
困惑の表情で尋ねてくる西川。
こうなれば、方法は一つしかない。
「まあこうなったら、他の宿を急いで探すしかないな。でも、簡単に見つかるかどうか……」
先程、佐々木が
佐々木が頭をガシガシ掻きながらぶつくさ言っていると、西川がくるりとフロントのスタッフへ向き直る。
「あの、ここのホテルって、夕食と朝食ついてますか?」
「申し訳ありません。夕食は付いておりませんが、朝食はおひとりさま追加料金700円支払っていただく形でお付けることが出来ます」
「なら、それを無料にしていただくことってできますか? それでしたら、ツイン一部屋で構いません」
「なっ!? おい、西川」
「かしこまりました。では、そちらで本日はご対応させていただきます」
「ありがとうございます!」
佐々木は西川の肩を掴み、ぐいっと佐々木の元へと引き寄せ、耳元で話しかける。
「何言ってんだよバカ、朝食無料だからって、同じ部屋はまずいだろ!」
「えーどうしてですか?」
上目遣いで佐々木を見つめ、こてんと首を傾げる西川。
「そりゃだって、俺達は会社の先輩と後輩だけど、異性と同じ部屋に泊まるって言うのは、万が一のことがあるかもしれないわけで……」
「そこは大丈夫ですよ。私、先輩のことちゃんと信頼してますし」
「いやっ、そういうことじゃなくてだな、一般的に考えての問題で」
「別に平気です! それとも何ですか? 先輩は私と同じ部屋じゃ不満でもあるんですか?」
「だからそうじゃなくて……何か問題があった時に上司として責任が取れないってことで」
もしものことがあれば、西川にセクハラで訴えられても可笑しくない状況。
向こう側の手違いとは言え、これは上司である佐々木の責任。同部屋だけは、なんとしても阻止しなくてはならない・・・・・・!
「お待たせいたしました。本日のお部屋は503号室になります。こちらにお名前のご記入をお願いいたします」
「はーい、ありがとうございます!」
西川は俺の制止も聞かず、フロントスタッフの指示通り、手続きを進めてしまう。
「あっ、おい、ちょっと待て」
咄嗟に再び西川の肩に触れようとすると、西川は佐々木の方へと振り返り、じとーっとした目で見つめた。
「いいじゃないですかー、そんなに心配しなくても、先輩のこと陥れようとしているわけんじゃないんですから!」
「でも……」
「それとも、先輩にとって私ってそんなに信用に足らない後輩ですか?」
「うぅっ・・・・・・」
そう言われてしまうと、流石の佐々木も狼狽えてしまう。
西川のことは信頼している。だからそこ、ここで止めれば、後輩への信頼を仇で返すことになる。
「はい、これでお願いします」
「かしこまりました。それではごゆっくりおくつろぎください」
佐々木が躊躇している間にも、西川はぱぱっと手続きを終えてしまった。
「それじゃあ先輩、部屋にいきましょう!」
くるっと顔だけこちらに向けて促してくる西川。心なしか、表情はきらきらと輝いているようにも見えた。
「あぁ……わかったよ」
もうこうなったら焼けくそだ。
佐々木は諦めて、西川と一緒に宿泊する部屋へと向かった。
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