第5話 初心な先輩

 告白後は、正直明日の仕事なんてどうでもよくなってしまうほどに、お互い意識してしまい、ガッチガチに緊張しっぱなしだった。


 食事前に温泉に入ってしまおうと佐々木は提案して、ひとまずは西川と離れて一人で考える時間を作ってみる。

 しかし、これからのことを先延ばしにしただけで、温泉に浸かった暑さなのか、告白の熱が冷めていないだけなのか分からぬまま部屋に戻った。


 西川より先に部屋に戻ってきたので、ひとまずやるべき仕事を終わらせておこうと、テーブルにPCを取り出して作業に取り掛かるものの、全く手につかない。

 しばらくして、西川が湯船から戻ってきた時には、浴衣姿の西川を見て完全に仕事脳が何処かへと消し飛んだ。


 ほのかに香ってくるシャンプーの匂い、火照った頬は上気して赤く染まっている。

 思わず見とれてしまうと、西川は恥ずかしそうにぷいっと視線を逸らした。

 西川の耳が真っ赤になっているのが見えて、向こうも緊張しているのが伝わってくる。

 出張だというのに、佐々木と西川は完全に浮かれていた。

 まるで、休日に泊まりに来た付き合いたてカップルみたいになってしまっている。


 その後、食事が部屋に運ばれてきて、佐々木と西川はしばしの夕食を楽しんだ。


「これ、凄い美味しいですねー」


 という西川の言葉に対して、佐々木は「あぁ」とか、「そうだな」とか在り来たりな相槌程度の言葉しか返すことしか出来ない。

 それどころか、西川が咀嚼する姿にぐっと来てしまい、見ることすら憚られた。


 西川が勇気を振り絞って告白してくれたにもかかわらず、佐々木の体たらくぶりは目に余る。


「せんぱいー。さっきからどうしたんですかぁー?」


 西川はぷくっと頬を膨らませて不機嫌そうに尋ねてくる。


「い、いや……なんでもない」


 佐々木はしどろもどろになりつつもそう答えるしかない。

 西川は佐々木の返答を聞いて、何やら考えるように人差し指を唇に当てて思案していた。すると、はっと思い至ったようにニタァっと嫌な笑みを浮かべてこちらにすり足で向かってきた。


「もしかしてせんぱい。私と一緒に寝るの期待してます?」

「はっ!? ば、バカ言え。そんなはずあるわけないだろうが……」

「これ見ても、そんなこと言えますか?」


 西川は上目づかいでウインクするようにして、浴衣の胸元をチラっと見せてくる。

 佐々木の視線は、西川の浴衣の合間から窺える艶やかな谷間に釘付けになってしまう。


「なっ……」

「ふふっ……今、私ブラしてなんですよ?」


 妖艶な笑みを浮かべて、佐々木を手玉に取るかのように誘惑する西川。


「さ、誘ってんじゃねぇよ」


 佐々木は、咄嗟に視線を逸らす。


「そんなこと言って、本当は期待してるくせに」


 西川はさらに佐々木との距離を詰めて、ぴとっと手を佐々木の腕に置いた。


「お、おい・・・・・・西川?」

「ルカ」

「えっ?」

「ルカって呼んでください」

「お、おう・・・・・・わかった」

「はい、ではどうぞ!」

「ル・・・・・・ルカ・・・・・・」


 うわっ、めっさ恥ずかしい。なんだこれ!?


「ふふっ、よく言えました」


 満足げな笑みを浮かべるルカ。


「って、そうじゃなくて、これはなんだ?」

「えっ? だって私達恋人同士なんですから、これくらいのスキンシップは普通じゃないですか?」

「バ、バカか!? まだ付き合って数時間しか経ってないんだぞ!?」

「時間とか関係ないです。愛さえあればそれだけでいいんです」

「お前、よくもまあ恥ずかしいことを易々と言えるよな」

「わ、私だって恥ずかしいです……。でも、先輩が二人きりの機会なんてめったにないですし……」


 ルカが可愛らしく恥じらう姿を見て、佐々木はもう我慢の限界だった。

 佐々木はすっと立ち上がり、逃げるように部屋から出て行く。


「ちょっと、どこに行くんですか先輩!?」

「せっかくだから、もう一回温泉満喫してくるわ! ル、ルカは部屋でゆっくりしててくれ」


 これ以上一緒にいたら、理性を抑えきれないと悟った佐々木は、部屋から逃げ出した。



 ◇



 先輩が部屋から出ていき、一人取り残されて静まり返った部屋で、私は呆れ交じりのため息を吐いた。


「ったく、せんぱいは初心なんですからー」


 人には余計な心配までしてくるくせに、自分のことになるとめっぽう弱くてダメダメなせんぱい。


「でも、そういう所が先輩のいいところでもあるんですけどね」


 一人事を漏らしつつ、西川はふふっと笑みをこぼす。


 本当に先輩と付き合い始めたんだな……。

 なんだか、信じられない。

 西川は、完全に夢うつつな気分に酔いしれて浮かれていた。


 先輩、今日は一緒に寝てくれるのかな?

 ふと、そんなことを考えてしまう。

 あんなにボディータッチしただけで逃げ去るような人です。こっちからアタックしないとダメな気がするなぁー。


「よしっ! 決めた!」


 西川は、先輩の布団に忍び込むことを決意した。


「待っててくださいね先輩。私が先輩をメロメロにさせちゃいますから」


 今からワクワクして、胸の内がポワーっと温まっていくのを感じて、先輩があ温泉から戻ってくるのを今か今かと楽しみに待っている西川だった。

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