後輩と抱き枕と

さばりん

後輩と抱き枕と

第1話 軽々しい後輩

「佐々木せーんぱいっ! 先週の資料まとめておきました!」


 毛先をカールさせたボブカットの後輩は、明るい声で佐々木に資料を手渡してくる。


「おう、悪いな西川」

「いえいえー! これも先輩のためですから!」


 佐々木に向けてわざとらしく軽く身体を揺らし、ウインクまでしてみせる後輩社員の名前は西川ルカ。

 佐々木直属の後輩で、少しあざとい後輩社員。

 肩まで伸ばした髪の毛先をくるくると手で巻きながら、ひまわりのような黄色い瞳を輝かせる彼女は、小悪魔的な振る舞いを醸しつつも、どこか抜け目ないような妖艶さも兼ね備えており、佐々木にとっては少し厄介な後輩だ。


「せんぱーい! 他に何かやる仕事ありますか?」

「そうだな……それじゃあ、この資料もまとめておいてくれ」

「はーい」


 西川はお気楽に返事を返して、佐々木からファイリングされた資料を受け取り、にこっと微笑んでからくるっと踵を返して自分のデスクへと戻っていく。

 西川は仕事もしっかりこなしてくれるし、時と場合によって話し方もわきまえているので、佐々木にとっては特に文句があるわけではない。

 しかしながら、佐々木に対する友達感覚で接してくるような軽い態度だけは、この一年半ほど一緒に仕事をしてきて、変化することは何一つなかった。


 最初の頃は、佐々木も礼儀のなってない後輩だなと苛立ったこともあるし、口調についても西川に再三も注意した。

 しかし、そのたびに西川は、『えぇー!? だって、先輩以外でこんなに気安く話せる人私いませんし……ダメですか?』と甘えるような視線で縋ってきて、佐々木は毎度狼狽えて先に折れてしまい、気が付けばここまで口調が変わることはなかった。

 佐々木自身も、西川の馴れ馴れしい接し方に途中から順応していったため、次第に注意することも減っていった。

 最近では、佐々木だけが西川に仲睦まじい態度を取る様子を周りからうらやましがられるようになり、少し鼻が高い気分になっていた。


 西川は、社内で一目置かれているほどには可愛い。

 西川の同期で、同じ営業部の田口君から聞いた話によれば、これまでに社内や営業先の男性から何人ものアプローチを受けているとのこと。

 これまで、営業に出向く時は常に一緒に同行していた佐々木は、西川の様子を一番身近で見ていたはずなのに、営業先の社員さんにアプローチを受けている姿を見たことが無い。

 もしかしたら、佐々木の目が行き届かない所でこっそりなんてことがあったのだろう。


 ともかくとして、西川はかなりモテる女の子なのである。

 佐々木から見ても、直属の後輩だからというひいき目なく、可愛い女の子だとは思う。

 けれど、佐々木にとっては仕事仲間で慕ってくれる後輩。

 ただ、それだけの存在でしかなかった。


「佐々木君、ちょっといいかしら?」

「はい!」


 仕事をながら西川のことについて頭の中で考えていると、ふと部長の高城さんに手招きされて呼ばれる。

 佐々木は席を立ち、速やかに高城さんのデスクへと向かう。


「なんでしょうか高城さん」


 佐々木が恐る恐る尋ねると、高城部長はバツの悪そうな顔をして手を合わせた。


「ごめん佐々木君。無理承知の上でのお願いなんだけど、今から泊りで出張お願いできないかしら?」

「えっ、今からですか!?」

「そうなの、取引先さんの要望で、明日の朝一に緊急で来てほしいって言われちゃってね。私は会議やら他の仕事で手が回りそうにないから、佐々木君にお願いしたいの」


 高城さんは申し訳なさそうな表情をして、頭を下げてくる。

 もし他の上司なら即断っていただろう。

 しかし、周りの気配りが出来て、自分の仕事も忙しいはずなのに疲れた様子一つ見せずに後輩たちに接する高城さんだからこそ、佐々木は断る気にはなれなかった。


「わ、わかりました……引き受けます」

「本当に!? ありがとう、助かるわ!」


 安堵したように胸を撫で下ろす高城さん。本当に困っていて切羽詰まっていたのだろう。


「それじゃあ、よろしく頼むわね! あっ、ちょうどいい機会だし、西川さんと二人でいってきてくれるかしら?」

「えっ、西川も同行させるんですか?」

「えぇ。彼女もそろそろ一人前に自立させる頃合いだし、泊りの出張も経験させておいたほうがいいと思うの」


 西川も入社して一年と数カ月が経つ。

 高城さんの言う通り、そろそろ遠方の取引先に顔出しする頃合いかもしれない。


「わかりました。西川にも伝えます」

「助かるわ。今日のデスク作業は終わりでいいから、一度家に帰って直接向かってもらえる?」

「はい」

「それじゃあ、よろしく頼むわね。私は今から会議で抜けちゃうけど、何かあれば連絡頂戴。あっ、ちゃんと領収書切っておいてね」


 高城さんは用件をてきぱきと言い残して、せかせかとデスクの上にあった資料を手に持ち、会議へと向かって行く。


「お疲れ様です」


 佐々木は高城さんに一礼をしてオフィスから出て行く姿を見送った。


「せーんぱいっ! 何かあったんですか?」


 振り返れば、西川が佐々木の顔色を窺うようにして覗き込んできていた。

 佐々木は西川に向き直り、事の次第を淡々と説明する。


「西川、泊りで緊急の出張が入った。それで、高城さんに西川も同行させてほしいと言われたんだが、退社後何か予定入ってたりするか? 何か予定があるなら無理して同行しなくてもいい」

「へ、今からですか!? いえ、特に予定はありませんが・・・・・・」

「そうか! なら突然で悪いんだけど、今から一度家に帰って準備出来次第そのまま直行だ。待ち合わせの場所と時間は後でメールする。急いで帰宅するぞ」

「えっ!? は、はいっ・・・・・・」


 西川は何が何だか分からないといったように戸惑っている様子だけれど、今はのんびりしている暇はない。

 すぐさま西川の背中を押すようにして、オフィスを後にする。


「それじゃあ、行ってきます!」

「行ってらっしゃい」


 田口君を含む営業部の社員に見送られ、佐々木と西川は一度家路へと着いた。

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