第9話 後輩は抱き枕
「ふぅ……やっと一段落したわ」
流石に今日はハードだった。モカは思わず目頭を指で押さえる。
ぎゅぅぅぅっと目を瞑って、PCに表示されている時刻を見れば、夜の10時を回っていた。
オフィス内にモカ以外の人は見受けられず、モカがいるデスク周り以外の蛍光灯は照明が消されていて、薄暗い部屋の中で一人虚しく取り残されたような気分になっている。
「はぁ……何やってるんだろ、私」
信也君が心配して、何か仕事ないかと尋ねてきたとき、少しでも彼を頼れればいいのだけれど、どうしても一人でやってしまう癖が中々ぬぐえない。
もっと、私も信也君みたいに素直に甘えられたらいいのに……。
ふとそんなことを考えていると、オフィスの入り口の扉がガチャリと開いた。
警備の人でも入ってきたのかと顔を入り口の方へ向ける。
すると、そこには驚きの人物が立っていた。
「あ、やっぱりまだ残ってた」
「た、田口君!? ど、どうしてここに?」
「友達と夕食食べ終えて、帰り際にオフィス見たらまだ電気ついてたんで、もしかしたらと思って来たら案の定です」
「そ、そう・・・・・・」
情けないところを信也君に見られてしまった。
恥ずかしさで顔を隠したい気持ちだ。
田口君は、ゆっくりとモカのデスクへ向かって来て、コンビニの袋からガサゴソと何かを取りだした。
「お茶と紅茶と栄養ドリンクありますけど、何がいいですか?」
「えっと、じゃあ紅茶で」
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう……」
モカは礼を言いながら、信也君の手からペットボトルの紅茶を受け取る。
信也君は、隣の椅子を引いて座りこみ、中からペットボトルのお茶を取り出してキャップを外してゴクゴクと飲む。
モカも、キャップを開けて紅茶を一口もらう。
「モカさんは、もっと僕のこと頼ってくれてもいいのに」
唐突に、信也君が呟くように言う。
「仕方ないじゃない。部長として部下の責務を果たさなくてはならないもの」
「わかってますよ。だから、モカさんから何も言わない限り、僕は無理やり仕事を奪ったりしない。けど、もう少し彼氏のこと……頼ってくれてもいいんですよ?」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいです。だから、今日だけは僕に甘えてください」
信也君は椅子を転がしてモカの目の前まで近づくと、頭の上にぽんっと手を添えてモカを優しく撫でてあげる。
「ちょっと、田口君!? ここオフィス内よ!」
「今は僕たち二人だけです。誰も見てません」
だとしても、万が一誰かに後輩の田口君に頭を撫でてもらっている姿なんて見られたら、次の日から恥ずかしさで顔さえ見せられない。
モカは恥ずかしさで顔がほてっているのを感じた。
「よしよしモカさん、お仕事お疲れ様です。今日も頑張りましたね」
モカは信也君の肩に頭をのせて、身体を預ける。
信也は見た目よりもごつごつとした身体で、モカを支えてリズミカルに優しく頭を撫で続けている。
「も、もう・・・・・・恥ずかしい」
普段とは逆の立場になり、身悶えてしまう。
なんだか調子を崩されて、くすぐったい。
「僕はモカさんの後輩ですし、まだ出来ない仕事も多いです。だから、今はこれくらいしかしてあげられることないです。でも、本当につらいときは、モカさんもたまには僕に甘えてきていいですからね? 頼りないかもしれないですけど、一生懸命慰めます」
「もう・・・・・・本当に信也君はずるいわ」
こんなにうれしいこと言われて、安心して身を任せられる相手。
モカにとっては信也君しかいないのだから……。
こうして、モカはしばらく甘えるように信也君の肩に寄りかかり、優しくポンポンと撫でてもらっていた。
ふいに、信也君の撫でる手が止まり、トンっとモカの頭を手で優しく叩く。
「さっ、そろそろ帰りましょうか」
「そうね、明日も仕事だし」
「野菜スープ作り置きしておいたんで、帰ったら食べましょうね。比較的胃に優しめの味付けにしておいたんで」
「あれ? お友達とご飯食べてたんじゃないの……?」
「あっ……えっと、それは……」
しまったとばかりにぷいと顔を逸らす信也君。
そんな可愛らしい信也君を見て、モカはきゅんっと胸が締め付けられてしまう。
モカのことを、信也君が大切に思ってくれていることがこれでもかと十分に伝わったから。
「もう、信也君は可愛いんだから、よしよしー」
「うっ、今は撫でないで下さい! せっかくモカさんを癒してあげようとしてたのに……」
「うふふっ……もう私は平気よ! いっぱい信也君に癒してもらったから」
それに、信也君を抱き枕代わりに胸元でよしよししてあげることが、何よりの癒しになることを、改めて気づかされるモカなのであった。
後輩と抱き枕と さばりん @c_sabarin
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