第4話 同部屋と告白

 西川とドタバタの出張も無事終わり、いつも通り佐々木は営業資料をまとめていた。


「せ、先輩……」


 すると、か細い声で佐々木に声を掛けてくる者が約一名。

 佐々木はそちらへ首を向ける。


「おう、西川。なんだ?」

「こっ、これ! 来週の出張スケジュールまとめたものです。確認お願いします」


 西川はしどろもどろになりつつも、作成した資料を佐々木へ手渡した。

 受け取った佐々木は、早速西川が渡してきた資料に目を通す。

 その間にも、西川はどこか落ち着きがない様子で身をよじっている。

 ふと西川と目が合うと、恥じらうような視線を西川が送ってきたので、佐々木は思わず視線を逸らす。

 平静を装うように咳払いをして、佐々木は再び資料に目を通して西川に返却する。


「うん、よくできてる。これでいいんじゃないか?」

「わかりました。では、ら、来週も、よ、よろしくお願いします」

「お、おう・・・・・・」


 西川は踵を返して、逃げるようにスタスタと自身のデスクへ戻っていく。

 同部屋に宿泊する羽目になった出張以降、明らかに佐々木と西川の間には微妙な距離感のようなものが生じていた。

 事務的な話こそ最低限度話しかけてきてくれるものの、以前のような軽い調子は微塵もなく、どこか西川はぎこちない。


「先輩……西川さんと何かあったんですか?」


 向かいの席の田口君から見ても、俺達の様子が可笑しいのは見て取れるようで、心配される始末。しかし、何でもないと他の人には言うしかない。

 まあ、出張先で同じ部屋に泊まったことなんて言えるわけがないし……。

 それに、どうして西川が佐々木に対する態度が変化したのか、佐々木自身も分かっていないのだ。


 彼女は次の出張で、佐々木の元から離れ、一人の営業マンとして独り立ちする。

 次回の出張を乗り越えてしまえば、西川と佐々木が直接かかわり合う回数は、以前よりずっと減少するだろう。

 でも、その出張を乗り越えたところで、このまま西川と微妙な距離感のまま仕事をしていくのは、果たして正しい選択なのだろうか?


 気が付けば、出張までの一週間、佐々木は西川のことばかり考えるようになっていた。



 ◇



 迎えた、出張日。

 佐々木は空港に来ていた。

 今日の出張スケジュールは、すべて西川に一任している。

 これも、彼女が一人前になるための最終テストみたいなものだ。


「先輩、おはようございます」


 佐々木が待ち合わせ場所の時計台前に行くと、既に西川が待っていた。


「おはよう西川、今日は早いじゃねーか」

「もちろん! 先輩を私がエスコートする立場ですからね!」


 ぽんっと胸に手を当てて得意げな表情を浮かべる西川。

 どうやら、今日は気合が入っているらしく、ここ最近のぎこちなさは感じられない。


「それじゃあ、さっそく搭乗ゲートに向かっちゃいましょう」


 先導を切るようにして歩きだす西川。

 心なしか、はきはきとしている。

 今日俺達が向かうのは、情緒あふれる温泉街の街、宿もこじゃれた温泉ホテルだそう。

 飛行機に乗りこみ、移動時間の間はお互いに各々片付けられる仕事を片した。

 以前の出張時のように、疲れ果てて佐々木に縋るようにして休息を要望していた頼りない西川の姿はない。

 改めて、彼女が一人前の営業マンとして独り立ちするのだなと実感した。

 そうこうしている間に、あっという間に目的地の飛行場へと到着。

 そこから、レンタカーを借りて、車を一時間ほど走らせ、ようやく目的地の温泉街に到着した。


 車から降りると、自然あふれる豊かな山間の景色に、気が緩んだのか伸びをする西川。


「んんーっ! やっぱりこっちは都内と違って空気がおいしいですねー」

「まあ、そりゃそうだろ」

「せんぱいはこういう場所は嫌いですか?」

「いや、わりと好きだぞ。本当なら羽を伸ばして休みの日にゆっくり来たいけど」

「あーわかりますそれ。私もせっかくならお休みの時にゆっくりくつろぎたいですね」


 とはいっても、今日は移動だけで、営業先へ出向くのは明日の朝。

 今日くらいは少し羽目を外してもいいかもしれない。そんなことを思っていた。


 宿泊する旅館に到着して、フロントで西川がチェックインの手続きを済ませてくれる。

 その間、佐々木は柱に寄りかかり、社用スマートフォンを操作しながら事務作業をパパッと済ませていた。


「お待たせしましたー」


 西川がチェックイン作業を終えて戻ってきたところで、旅館のスタッフらしき人がこちらに向かってきた。


「お荷物お持ちいたします」

「ありがとうございます」

「それではご案内いたします」


 旅館の女将についていき、部屋に向かったところまでは良かったのだが――


「こちらが本日ご宿泊のお部屋になります」

「え、えぇっと・・・・・・」


 佐々木は困惑していた。

 部屋は温泉旅館らしく畳部屋で、襖の奥に広縁ひろえんが広がっている絶景の部屋なのだけれど……。


「それでは、ごゆっくりおくつろぎください」

「ありがとうございますー!」


 西川が元気よく礼を述べると、女将さんは何も言わずに出ていってしまう。

 こうして部屋の中は、佐々木と西川の二人きりになる。

 佐々木は西川の方へ鋭い視線を向けた。


「西川、これはどういうことだ?」


 問いただすと、ニッコリ笑顔で西川は答える。


「どうって、見ての通りですけど?」

「いやいやいや、なんでまた同部屋なんだよ!?」

「私たち、一回同じ部屋で寝た仲じゃないですかー。そもそもここの旅館、二名様以上の部屋しかないですし。この辺りに出張するってわかった時から泊まってみたいなって目星つけてたんですよ!」

「会社の経費で落ちるからって、自分の都合で部屋取るな! ってか、前回よりたち悪いんだが?」

「そんなことないですよ? 先輩のこと私は信頼してますし」


 上目づかいで見つめてくる西川。

 本当に西川は信用しすぎだと思う。

 他の奴にもこうやって言い寄ってるのではと、ハラハラしてしまう。


「言っておくけどな、前回はたまたまで、今回は責任取れる自信なんてないぞ?」

「先輩なら私、何されてもいいですよ?」

「あのな……男に対して簡単にそう言うこというんじゃ・・・・・・」


 佐々木が窘めようと西川を見れば、至極真面目な顔で真っ直ぐに佐々木を見つめている西川がいた。しかし、今にも燃え上がりそうなほど頬は真っ赤に染まり、恥ずかしそうにしている。その様子に、佐々木は思わず狼狽えた。


「私本気で言ってます。先輩なら何されたっていいです……だって私、先輩のこと――」

「おけ、わかったから、もういい!」


 佐々木は、西川の言葉を遮る。言葉の続きを、聞いてはならない気がした。

 これ以上聞いてしまえば、本当に色々と抑えられる自信がないから……。

 すると、西川はちょっぴり残念そうな表情を浮かべたが、すぐに真剣な様子に戻って一息ついた。


「それに・・・・・・今回が先輩と一緒に回る最後の出張じゃないですか。だから、先輩と少しでも一緒の時間を過ごしたかったんです」


 縋るような視線で言われ、佐々木はまともに西川の顔を見ることが出来ない。

 もう汗がぶわっと出てきていた。

 西川の言っていることは、もう告白も同然だ。


「お、お前・・・・・・いつから?」


 何とは言わずに言葉を濁して西川に尋ねる。


「最初からずっとです。私が入社して、先輩の部下になってからずっと、私は先輩のこと……ずっと意識してました」

「……そうか」


 佐々木は、色々と腑に落ちた。

 他の男性からのアプローチをことごとく断っている西川、なのに佐々木対してのガードは甘々で、むしろ隙すら見せてくるのはそういうことだったのかとようやく理解した。


「お、お前な・・・・・・そんなこと言われたら、俺マジで我慢できる自信ないぞ?」

「我慢しなくていいですよ。私は、先輩のものになりたいんですから」


 西川に向かい合えば、真剣な顔つきのまま、佐々木の答えを待っている。

 恐らく、佐々木の目は泳ぎまくっていて、情けない面を見せているのだろう。

 二人の間に、甘い雰囲気が漂う。

 佐々木は頭を掻きつつ、視線を逸らしながらまくしたてる。


「本当に、いいのか?」

「はい」

「俺、そんなに優しくないぞ?」

「先輩は優しいです。私をちゃんと叱ってくれます」

「それに、安月給で金もねぇぞ」

「同じ会社ですから、わかってますよ」

「ははっ、確かにそうだな……」


 お互いに軽く微笑み合い、少しの間を置いた後、意を決したように西川は俺の目を逸らさせないように食い入るように見つめてきた。


「先輩。私は、佐々木先輩のことが好きです。後輩としてではなく、これからは一人の異性として私のことを見てくれますか?」


 真摯な西川の告白。

 佐々木も真っ向から受け止めて、答えを返さなくてはならない。

 ぐっと生唾を飲みこんで、吐息を一つ漏らしてから、覚悟を決めて答えた。


「あぁ……わかった」


 こうして、佐々木と西川は、先輩後輩という立場から、恋人同士へと関係を深めることとなった。

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