天罰

谷内 朋

天罰

 【他人様の褒め言葉を信じるな、私の苦言を信じなさい】


 私は幼少期からそう教えられて育ってきた。


【褒め言葉には裏がある、あなたを褒める人は足を引っ張り陥れる為に褒め言葉を使うのだ】


 恐らくご本人は人の言葉を額面通りにしか受け取れない私の性分を危惧したのだろうと思う。ただその躾が染み付いているせいで、本当に誠意ある言葉でさえも信じられなくなってしまった(実際あるのかどうか知らないが)。

 そういった環境で育ったせいで、親切心には裏があると必要以上に警戒した私は誠意ある言葉、善意で近づいてきた人たちを尽く切り捨ててきた。そして調教通り苦言、悪意ある言葉を浴びせる人たちに忠誠心を向けてきた。

 思えばこれまでしてきた自身の決断には後悔が付きまとう。本当は善意で私を好いてくれたであろう人たち、彼らが発する褒め言葉を歪曲して悪と決め付けてきた。私は教育のお陰で言葉の裏側が読み取れる、当時はそう思い込んでいた。


 そして今、私の周りには誰も居なくなった。切り捨ててきた人たちは勿論、苦言と称して毒を浴びせ続けてきた人たちでさえも私の前から消えていった。

 散々おかしな調教をしておきながら飽きた途端ポイ捨てしやがって! 正直に言えば恨み言はわんさかとある。しかし悪意を信仰し、その言葉を糧とする選択をした自分自身にも責任はある。たとえ躾という経緯があったとしても、私が沢山の善意を踏みにじり、切り捨ててきた事実は変わらない。


「如何なる理由があったとしてもこれは私自身の罪なのです」


__縁とは移ろいゆくもの、永遠ではありません。罪と言い切れるほどのものではないと思いますが。


「いいえ、今の私を見れば一目瞭然です。それなりに年齢を重ねているので、自分の事は自分でできなければなりません。しかし未だに何をどうすれば良いのか、まともに決められないのです。ただ何となく起き、仕事をこなし、ぼんやりと暮らしているので一日誰とも話さない日もしょっちゅうです。そんな人間に魅力を感じる人などおりません。調教を信じ、自分自身で何も考えてこなかった人生の積み重ねがこのザマです」


__過去を悔いても戻ってはきません、あなたは今どうなさりたいのですか?


「それが分からなのです。ただ何となく胸の苦しみをどうにかしたい、それだけです。もしかすると切り捨ててきた人たちに謝罪をしたいのかも知れません。しかしお相手は私のことすら憶えていないでしょうから、今更出向いても戸惑わせてしまう気もするのです」


__それでは、今思う【善意ある言葉】とは一体何でしょうか?


「……」


__覚えていらっしゃらないのですか?


「雰囲気しか……」


__であるならばそれも今のあなたには必要の無い言葉です。もしかすると後々思い出す日も来るかもしれませんので、謝罪のお気持ちがもし残っていればその時でも宜しいかと思います。先程も申し上げた通り過去は変えられません、しかし今の行い次第で未来を変えることは可能です。


「そのためにはどうしたら良いのでしょうか?」


__その答えはあなたご自身がお持ちです。


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