唐揚げを作ろうとスーパーで材料を買った帰りに事故で異世界に転移してしまった主人公。彼の唐揚げへの未練がこの物語の骨子で、唐揚げを中心に話が展開していきます。
この物語の魅力は、単なる異世界転生ものとして捉えるにはあまりに深く練り上げられた、異世界の文化への描写です。
主人公が出会う異世界の人々の文化や服装や薬草、料理などの細かな描写と、彼らとの触れ合い方、会話などが、本当に異世界に行って魔法を使わずに唐揚げを作る行為がどれほど大変か、そしてどれほど意味がある行為かを分からせてくれます。
唐揚げを作ることを通して主人公が自分自身を顧みたり、周りと少しずつ心を通わせていく様子も胸が温まりました。
また、この作品の見どころとして最も上げるべきは、唐揚げに対する描写です。主人公、そして作者の方が唐揚げが好きなことが十二分に伝わってくる、あまりに仔細な唐揚げ描写に、唐揚げが食べたくなること必須です。
実際に私は読んでる途中で2回ほど唐揚げを作りました。一つ注意する点があるとすれば、唐揚げが絶対に食べられない場所では読まない方が良いです。食べられそうな場所にいるならぜひ読んでみてください。
とても堅実な異世界ファンタジーです。
RPGのような世界観・展開をそのまま小説にした作品ではないので、次から次へと劇的なイベントが起こるわけではありません。そういうものを期待してサクサク読んでいくのではなく、じっくりと腰を据えて読んでいきたい、という方々にお勧めします。
特殊能力をもった異世界転生ですが、その特殊能力を使わずに同じことを成し遂げよう、とするところに、この作品の妙味があるのでしょう。
唐揚げに特化した物語です。美味しさの表現には目を見張るものがあります。読めば必ず唐揚げが食べたくなること間違いなし!
異世界転移してしまった青年が、あまりの空腹に耐えかねて唐揚げが食べたいと願ったら、指から唐揚げが出てきた……?!
そんな突拍子もない設定の面白おかしい物語かと思いきや(いや面白いのですが)、魔法のあり方や、その世界に住む森の民の暮らしがしっかりと丁寧に描かれています。
やがて、森の中で彼を助けてくれた少女との出会いを経て、いよいよチャレンジするのは、唐揚げづくり……! まったく異なる世界での材料集めから、どうしてそこまで詳しいんですか?!と聞きたくなる食材の捌き方まで、これならもはや異世界に飛ばされてもいつでも唐揚げが作れるようになる気がする……!という不思議なリアリティのある物語でした。
それだけでなく、主人公シンイチくんのなんとも言えない絶妙なボケとツッコミ入り混じった語り口や、彼を助けてくれたマコトさんの優しさ、どうにも笑いを誘う彼女の両親など、登場人物たちもみなさん魅力的です。
ラスト付近では唐揚げをキーにしてもう戻れない故郷への郷愁が語られ、なんだかとっても切ない気持ちになりましたが、その後の二人の暮らしの様子のおかげで、きっと幸せに暮らしたんだろうな、と暖かい気持ちで物語の余韻を感じることができました。
唐揚げ愛と、しっかりしたファンタジー、どちらも楽しめる素敵な作品です。