ニュースな女へ復讐を

RAY

ニュースな女へ復讐を


「――続いて、名古屋放送局からお送りします。まずは『なもなも☆名古屋嬢』のコーナーです。このコーナーでは、私、月宮つきみや 詩織しおりが、地元でがんばっているキラキラ女子を取材して、その魅力を余すところなくお伝えしていきます」


 実家のダイニングで母親と二人で夕食を食べているとき、テレビのニュース番組が地方局へと切り替わった。快活な声に釣られて画面に目を向けると、アナウンサーと思しき女性が、アイドル顔負けの笑顔を振りまきながらローカルニュースを発信している。


「本日の名古屋嬢は、アパレル企業を経営する傍ら、家庭では良妻賢母として日々奮闘されている、二十八歳の美人社長『五十嵐いがらし 梨央りおさん』です。梨央さんは、社長でありながら物腰が柔らかく笑顔を絶やさない方で、私と同じ学年、しかも同じ既婚者ということでガールズトークがかなり盛り上がってしまいました。いつもとは雰囲気が少し違いますが、その点はご了承ください。では、VTRスタート!」


 久しぶりに実家に帰ってみると、平日の夕方だと言うのに、国営放送が砕けたニュース番組を放映していた。違和感がないと言えば嘘になるけれど、時代の趨勢に合わせて番組が変化するのは、ある意味仕方のないこと。これは名古屋に限ったことではない。


「二十八歳って……弥生やよいちゃんと同じじゃない? でも、片や会社の社長さんだもんねぇ。結婚もしてるみたいだし……。コロナの影響で実家勤務しているOLとは住む世界が違うみたいねぇ」


 母が私の顔をチラ見しながら奥歯に物が挟まったような言い方をする。

 普段であれば、声を大にして反論した私だったけれど、母の言葉は、右の耳から左の耳へと抜けていった。なぜなら、私の目と意識がテレビの画面に釘付けになっていたから。


夜梨香よりか……? そうだ。高校のときクラスメートだった百目鬼どめき 夜梨香よりかだ。名前は変わってるけれど間違いない』


 心臓の鼓動が早鐘を打つ。顔からサーっと血の気が引いていくのがわかった。


「どうしたの、真っ青な顔して? 気分でも悪いの?」


 私の異変に気付いた母が心配そうに声を掛ける。

 高校一年のとき、夜梨香が家に遊びに来たことがあったけれど、母は憶えていないだろう。彼女が家に来たのは、後にも先にも一度きりだし、あのときは彼女を含めて五、六人でやってきたから。


「少し疲れたのかも。実家での在宅勤務って初めてだから。まだリズムがつかめていないみたい」


 適当な言葉で母をいなすと、私は再びテレビの画面に目を向ける。

 VTRの中の夜梨香は、終始笑顔を見せている。ただ、私にはわかる。あれはいつもの作り笑い。あんな顔をしながら、腹の底では相手のことをボロクソにけなしている。「家族は掛け替えのない宝物」だとか「目標はいつか社会に貢献すること」だとか、耳触りの良い言葉を並べてはいるけれど、どれも出任せばかり。思わず吐き気がこみ上げる。


「――ここまでは、名古屋放送局の伊藤と月宮がお送りしました。続いて、東海三県の天気予報です」


 ご当地の女性を紹介するコーナーに続いて、男性アナウンサーが地元の話題をいくつか紹介した後、天気図の前に立つ気象予報士の姿がクローズアップされる。言わずもがなではあるけれど、テレビ画面には、夜梨香の姿はもう映っていない。

 何度か大きく息を吸ったり吐いたりしていたら、胸の動悸が少しずつ収まってきた。ただ、夜梨香の顔は、私の脳裏に鮮明にインプットされている。久々に目にした笑顔は、しばらく忘れられそうにない。口角がいやらしく吊り上がり目が笑っていないのは当時のまま。唇の左上にあるホクロを見ていると、三年間の屈辱的な出来事が蘇ってくる。


 夜梨香と私は、高校のクラスメートで友達――と言えば聞こえはいいが、実際は、私は夜梨香の取り巻き。彼女の顔色を窺い、彼女にへつらい、彼女を愛でることを強いられた者の一人。

 父親は、中堅の建設会社の社長で政治家にも通じている、地元の名士。母親は、若い頃ミス何とかに選ばれたことがある、目鼻立ちがくっきりとした、現代風の美人。そんな父親と母親からの恩恵を十二分に受けた彼女は、美貌と財力を兼ね備えた、いわゆるお嬢様――と言っても、お世辞にも品が良いとは言えない。自己中心的で気が強く、自分が一番でないと気が済まないタイプ。あの手この手を使って、敵対する勢力を潰し取り巻きを増やしていた。

 三年間で休学や退学に追い込まれたは、私が知っているだけでも両手の指では足りない。父親が寄付金をチラつかせて校長に圧力をかけたなどという噂がまことしやかに飛び交っていたのも頷ける。

 夜梨香は外面そとづらが良く、初見者が彼女に対して悪い印象を持つことはほとんどない。テレビ番組を見る限り、あれから十年以上が経ってもそれは変わっておらず、現在の華々しい地位も、巧妙な世渡りと両親の力を使って築いたものとしか思えない。


 名前を変えていることにも心当たりがある。

 昔から夜梨香は、毒々しさが漂う、あの珍しい苗字はもちろん、名前に対してもコンプレックスを抱いていた。それは、名前の最初に「夜」という文字が付いていることで、彼女のフルネームが「百鬼夜行」を連想させるものだったから。

 正直なところ、「百」の「目」の「鬼」の「夜」というのは、夜梨香にぴったりのネーミングだと思う。ただ、苗字はもちろん名前についてとやかく言うのは絶対的タブー。それに反したことで酷い目に遭ったは、一人や二人ではない。

 苗字は結婚により変えることができるけれど、名前はそうはいかない。おそらく、社会に出るにあたって、ネーミングによるデメリットを排除するため仮名を使うことにしたのだろう。


 高校卒業後、東京の大学に進学した私は、就職活動の際、あえて名古屋に支店のない会社を選んだ。結果として、東日本で事業を展開する、オフィス用品を扱う中堅商社に就職した。

 これまで誰にも話したことはないけれど、私が大学や就職先を選定するに当たって最も重視したのは、夜梨香に会わないこと。ここ数年、実家に戻らなかったのもそのためだ。「そんな理由で?」と思われるかもしれないけれど、高校三年間に受けた苦痛を考えれば、ベストな選択だと自信をもって言える。


 名古屋に戻ってローカル番組を見るまで、夜梨香のことはすっかり忘れていた。しかし、あの番組を見て、彼女が何の苦労もすることなく陽の当たる場所をのうのうと歩いて来たのが手に取るようにわかった。

 不意に、激しい怒りが込み上げてくる。


「どうしたの、弥生ちゃん? そんなに怖い顔して」


 歯を食いしばって身体を震わせる私に、母親が心配そうに話し掛ける。

 私は、頭の中で様々な思考を巡らしていた。夜梨香に対して一矢報いるために。

 直接対峙するのは藪蛇やぶへびになる。返り討ちにされるのが落ちだ。やるとしたら、表舞台に出ることなく、陰から彼女にダメージを与える必要がある。


 そのとき、ピンと来た。これなら行けると思った。


「お母さん、テレビが無くても大丈夫だよね?」


「えっ? どういうこと?」


 私の一言に母が首を傾げて怪訝な顔をする。

 私の言いぶりが唐突だったようだ。


「高校のときから許せない奴がいて、そいつに一泡吹かせる方法を考えていたの。で、テレビを捨てればいけるかと思ってね」


 母は口をポカンと開けて言葉を失っている。

 私は、不敵な笑みを浮かべると、テレビの方を指さして毅然とした口調で告げた。


「テレビが無ければ、受信料を支払う必要はないでしょ? 受信料収入が減ったら困ると思うの。夜梨香……いえ、あの糞アナウンサーは」



 おしまい

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