ふたりの何気ない日常

緋那真意

日常の一ページ

「おはよーございます先輩!」


 高校二年生の木佐木彩菜きさきあやなが声を掛けながら、先輩である相賀奏一おうかそういちの背中を思いきりぶっ叩いた。


「ぐおっ! 何すんだよ木佐木、痛ぇじゃねぇか!」

「やだなぁ先輩、後輩からのちょっとした応援ですよぉ」


 うめき声を上げながら抗議こうぎする奏一に、彩菜は悪びれることもなくニコニコしながら言った。


「お、お前なぁ……どこの世界に不意打ちで背中をぶっ叩いて先輩を応援する後輩がいるんだよ?」

「不意打ちじゃないです~! ちゃんと声を掛けました~!」

「声掛けるのがほとんど同時かそれに近かったぞ!」

「え~? 私の中ではちゃんと事前に声を掛けたつもりだったんですけど~……」


 彩菜は露骨ろこつに不満そうな表情をしてぶつぶつ文句をたれている。それを見た奏一は大きくため息をついた。


「だったら、今後はもっと早く声を掛けてくれよ。別に嫌だって言っている訳じゃないんだから」

「あ~、はい。了解ですよぉ先輩! お任せください!」


 その言葉を聞いてすぐにしゃきっと姿勢を正して元気を取り戻した彩菜の姿を見た奏一は、すっかり諦めたようにため息をついた。この後輩はいつもこうだ。


「んじゃ、さっさと学校行こうぜ彩菜」

「は~い、わっかりました~!」


 奏一がそう言って歩き出すと、彩菜も元気よく、ぴょこぴょこと擬音ぎおんが付きそうな感じの軽快なステップで歩き出した。



「そういや、彩菜。前から聞きたいことがあったんだけどさ……」

「え~、先輩がわざわざ私に聞きたいことがあるなんて珍し~い。私に答えられる範囲の質問でしたら何でも答えますよお! 生年月日から家族構成、血液型からスリーサイズまで先輩が希望するんでしたらお答えしま~す!」

「……別にそういうことが聞きたいわけじゃねぇ……」

「え~、違うんですかぁ?」


 ハイテンションな彩菜とは対照的に奏一はどんどんやる気が削がれていくのを感じていたが、ここで呆れて突き放してはいつもと変わらないことになってしまう。


「それじゃあ、私の得意科目とか、友達が何人いるとか、恋人の有無だったりとか、そういうことをご所望です? あ、恋人の有無なんてわかりきったことわざわざ聞きませんよね先輩?」

「そういうことでもねぇんだよなぁ……」

「え~? じゃあ、一体何なんですか?」

「今からちゃんと話してやるから、とりあえず話の先を読もうとするのはやめてくれないか?」

「ちぇ~、つまらないですけど、先輩がそう言うんだったら止めま~す」


 彩菜は不承不承ながらもとりあえずうなずき、奏一が喋りだすのを待つ態勢になった。

 それを見た奏一は一呼吸おいてからゆっくり話し始めた。


「なぁ、彩菜、お前毎日俺のところに来て一緒に登下校してるけどさ、他に友達はいないのかよ」

「そりゃいないわけないですよぉ。腹を割った話の出来る友人なら二~三人はいますねぇ」

「そいつらと一緒に帰ったりはしないのか?」

「しませんよぉ。どうしても必要だったらしますけど、今のところは間に合っていますし~」


 彩菜は何を当たり前のことを聞いているのか、と言わんばかりの表情をしている。


「お前、それで寂しくないのか?」

「全然寂しくなんてないですよぉ。先輩がいますもん」

「そうかぁ? 俺なんかたまに他の友達と登下校したいって思うこともあるけどな」

「別に先輩がそうしたいんだったら、私は止めませんよ」


 そこで意外な言葉が返ってきたので、奏一は思わず彩菜の方を見た。


「え、いいのか?」

「だって、先輩がそうしたいんでしょう? だったら、私に止める権利なんてありませんよ。どうぞご自由になさってください」


 いつものテンションの高さを完全に封印して淡々と彩菜が語るのを見て、奏一は逆に不安になった。


「どうしたんだよ彩菜。お前、俺と一緒じゃないと嫌なんじゃないのか?」

「そりゃ勿論、一緒に居れた方が良いに決まってますよ。でも、大好きな先輩がどうしても他の人と一緒に居たいって言うんだったら、私はそれに従います。だって、先輩のことが好きなんですもん。そこで無理を言って、本気で嫌われたくありませんもん」


 彩菜はそこまでを淀むこともつっかえることもなく一息で言い切った。

 それを聞いた奏一はちょっと申し訳ない気持ちになってきた。


「まぁ、それは冗談……というか仮定の話だからな。そんなこともあるかもな、って程度に考えてくれよ」

「はい、そうですよね。先輩が私と離れちゃうなんて考えたくなかったですもん。先輩もやっぱり私と一緒が良いんですよね?」

「あんまり調子に乗るなよ」

「えへへ……」


 すっかり普段の調子に戻って笑顔で喋る彩菜に軽く小突くふりをしながら、奏一は内心で安堵のため息をついていた。



「ところで先輩、今年は大学受験なんですよね。お勉強はどうですか?」

「ん、まぁ、そこそこかな。模試の成績自体は悪くなかった」

「そうですかぁ。受験勉強って、大変なんでしょうね~」


 普段は勉強のことなどあまり触れない彩菜が、珍しく自分から受験のことに触れてきたので、奏一は意外な気がした。


「まぁ、そんなに大変でもないかな。普段からしっかり勉強していた奴なら勉強自体は辛くもないんじゃないか?よくは知らないけどな」

「そうですか~。私はあまり勉強が得意ではないのでこれからが不安です~」


 彩菜は言葉振りほど不安でもなさそうな口調で言った。


「先輩に家庭教師でもしてもらえたらいいのになぁ……」

「出来ることならしてやりたいところだが、大学は地元校を受ける予定はないんだ」

「そうですかぁ……先輩、後でどこの大学受けるのか教えてくださいね~」

「俺の志望校を受けるつもりか? 結構ハードル高いぞ?」

「構いません~。先輩のいるところだったらどこへでも追いかけます~」


 いまいち気合いの入らない口調であったが、そこに並々ならぬ決意があるのを付き合いの長い奏一は感じ取っていた。彩菜が本気の時は大体こんな調子なことが多い。


「ま、せいぜい頑張れよ彩菜。俺は先へ行って待ってることにするからさ」

「あ、先輩が余裕ぶっこいてる。そういう時の先輩は大体ズッコケるのが定番ですから、気を付けてくださいよ~」

「ちっ、うるせーよ」


 彩菜の鋭いツッコミに奏一は悪態をついていたが、内心では彩菜の献身けんしん的な気遣いに感謝もしていた。何だかんだ言いつつも、奏一にとって彩菜は必要不可欠な存在なのだ。



「そろそろ急がないと遅刻だぜ、彩菜」

「あ! はーい、わっかりました先輩、急ぎましょう!」



 奏一と彩菜はこうしていつものように高校へと急いでいったのだった。

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