7.しあわせのひ
キングダミア王国の王位継承権は、国王の息子である三人の王子が所持していた。王妃の長男でありファーストの弟、サードの兄である第二王子セカンドが第一位である。その同母弟であるサードが第二位だったのだが、今回の婚約破棄騒動を経て王族の籍と継承権は剥奪された。
ファースト王子は長らく王妃との間に子ができなかった王が、愛妾とした身分の低い女に産ませた子供で、セカンドとサードの誕生時に王位継承権がするすると下がっていった。
サードの失態により継承権第二位に戻ったわけだが、次の王はほぼ間違いなくセカンド王子であろうと思われる。そして、自身が良からぬことを企んでいない、と身の潔白を主張する意味もあり、ファースト王子は王家を離れ、新たにシャナン公爵家を創設することとなった。シャナン・ファクトリーはシャナン公爵家の事業として、そのまま続けることになっている。
「よくお似合いですわ、マキナ様」
「ふふ、ありがとうございます。皆様も、よく力を注いでくださって」
そうして本日、シャナン公爵ファーストはフュルスト侯爵令嬢マキナとの婚姻の日を迎えた。もちろん、新郎新婦が纏うウェディング衣装は、シャナン・ファクトリーが全力を上げて製作したものである。
マキナの純白のドレスはファーストがデザインしたものであり、ファーストの礼服は基本こそ王族の礼服に準じるものではあったがアクセサリーやマントなどはマキナの意見が取り入れられている。
「お式が始まるまでフロウア先生を拝見できないのは、とても残念ですわ」
「ご安心くださいませ! シャナン公爵閣下、とお呼びするにふさわしいお姿でしたから」
「まあ。とても楽しみですわね!」
シャナン・ファクトリーに見習いデザイナーとして在籍しているマキナ故、今回りにいるお世話係は全て同僚たちである。その彼女たちから祝福を受け、マキナは今日晴れてシャナン公爵夫人となる。
「マキナ様も、とても素晴らしいですわ。さすがはフロウア様」
「こう申し上げては何ですが、フロウア様の好みが全力で注ぎ込まれておりますわね」
「……それはわたくしも思いました……」
ファーストがマキナのために作り上げたドレスはまるで白鳥のようにしなやかで、ピタリとボディラインに密着している上半身と対照的に長くレースとフリルがあしらわれたスカート部分が特徴だ。遠くから見ればそれこそ、白鳥のように見えるだろう。
「こちらのお花は、フロウア様のご指示によりフュルスト侯爵領より取り寄せさせていただきました。マキナ様の門出の日を飾るにはふさわしい、とのことです」
「まあ。父も母も喜びますわ……いい香り」
色とりどりの花で作られた大柄のブーケに、マキナはそっと顔を近づけた。くっきりとしたその香りは、マキナにとってはふるさとの懐かしい香りでもある。花粉を避けるためにしべは取ってあり、花嫁の顔が汚れることもなかった。
「……そういえば、バイカウント子爵家は参列なさらないそうですね。後継者の兄君の結婚式なのに」
「お忙しいのではありませんかしら? 後継者ご夫妻、礼儀作法を一から叩き込まれているそうですから」
マキナは、針子たちの口さがない会話に苦笑するしかなかった。何を言ってもきっと、彼女たちにとっては仕事や休憩中の話のネタにしかならないだろうから。
新しい公爵家とはいえ、王族の一人が妻を娶る。その式への招待状は、主だった貴族にはほぼ全て送られていたようだ。ただ、いくつかの家からは丁寧な欠席の返事とそしてシャナン公爵家の未来に栄光あれ、という言葉が帰ってきていた。
そのうちの一つが、マキナがファーストのもとに嫁ぐこととなった発端であるバイカウント子爵家だった。
「平民の私でもそれなりに礼儀は知っていますのに、貴族の方があのお年で一から、ですか」
「ちゃんと裁かれた罪よりもそちらのほうが重い、という推測が成り立つレベルですものね」
シャナン・ファクトリーには、貴族も平民も在籍している。針子は裁縫の腕が何よりも重要視されるし、店の売り子は客との会話に関する能力が物を言うからだ。
……無論、貴族の客の中には平民に接待されることを望まない者もいるため、その相手には同等の身分である貴族の家の者が接することになる。ただしその場合、オーナーたるシャナン公爵自らが遠慮のない『接待』をすることになるらしいが。
「子爵家の令嬢はその……お家に引き取られてからも、ちゃんとした礼儀を学ばなかったらしいですから」
「ご当主が甘やかしすぎたから、とはもっぱらの噂ですわね」
バイカウント子爵家に令嬢テスの婿として入ったサード元王子は、妻共々国王・王妃が受けるレベルの礼儀作法や様々な教育をマスターすることを国王陛下より申し付けられたという。
マキナに対して犯した罪の罰としては軽いものだが、王家の血を引く者とその妻が対外的に恥ずかしい行為に及ばないため全てをマスターするまで屋敷の外に出ること罷りならぬ、と国王陛下が直々に言い渡したのだとか。
なお正式な裁判にかけられた場合、牢にて三年ほどを過ごすことになるらしい。テスとサードがそれほどの期間で外出を許されるレベルの作法や教育を身につける可能性は低く、裁判官の一人は「陛下は手厳しいお方ですなあ」と苦笑したとか。
「さあ、そろそろお時間ですわ。マキナ様」
「あら、もうそんな時間?」
「フロウア様がお待ちですわ。ご自身の全力を注ぎ込んだドレスをお召しになった、マキナ様を」
「私も楽しみですわ。礼装の上にかかるマントの刺繍は、わたくしの努力の証ですもの」
工房の仲間たちに手を取られ、マキナは座っていた椅子から立ち上がった。扉が開かれ、ゆっくりと歩みだしていく。
その後、シャナン・ファクトリーはキングダミア王国だけでなく周辺国にも支店を出すことになる。各国それぞれの素材やデザインを取り入れた衣服は、国々を回ってそれらを買い入れる収集マニアを生み出したらしい。
シャナン公爵ファーストは、本名よりもデザイナー名であるフロウア・シャナンとして歴史に名が残った。その妻マキナも同じく、シャナン公爵夫人としてよりはフロウア・シャナンに次ぐ高名な服飾デザイナーとして、後世にその名を残したという。
制服を愛する令嬢が婚約破棄された話【連載版】 山吹弓美 @mayferia
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます