4.つくりて
「さて」
こほん、とひとつ咳払いをして、マキナはサード王子たちに向き直った。その表情は婚約破棄をされた令嬢のものではなく、あくまでも自身が興味を持つものについて演説をしている少女のものだ。
「これほどの素材を揃えたうえで、服というものは指定のデザインに裁断・縫製されて世に出るものでございます。そこにこそ、我が国最高の至宝が存在するとわたくしは断言いたしますわ」
華奢な手が、しかし力強く拳を握った。このマキナの発言と行動には、会場のそこかしこから「そうよねえ」「分かりますわ」という賛同の声がざわざわと寄せられる。
「現在、我がキングダミア王立学園の制服をデザインされたのは世界に名だたるデザイナー、フロウア・シャナン先生! そして制服を作り上げたのは彼のデザインを完璧に再現できる、シャナン・ファクトリーの針子たち! 彼ら、彼女たちが精魂込めて縫い上げた、それこそが我が学園の誇りたる制服なのです!」
「え、誰?」
朗々とその名を称えたマキナに対し、テスがぽかんとした顔で間の抜けた問いを発した。途端、マキナに賛同の意を言葉で伝えていた者たちは愚か、サード王子を始めとした取り巻きたちまでもがテスを見つめる。信じられない、という顔で。
「あ、あれ?」
「テス……君、フロウア・シャナン様を知らないっていうのか?」
「だって、知らないし」
「嘘だろ……不敬だぞ」
「フロウア様は、そのようなことはおっしゃらないけどさ……」
プリムが顔をひきつらせ、アッドがぶるりと肩を震わせる。マキナの弟であるサクスは、口の端をぴくぴくさせながら必死で姉から視線をそらした。そしてサード王子は、一歩テスから退いた。
「ちょ、ちょっと殿下?」
「い、いやさすがに、君が知らないとは思わなかったよ……」
サード王子ですら引くのも、この国では無理からぬことだろう。
フロウア・シャナン、そしてシャナン・ファクトリーの名は、学園の制服デザインの採用をきっかけにキングダミア王国の貴族階級では広く知られた名である。王都に存在する直営店は大盛況であり、誰もがその手になる衣装を身にまとうことを切望するという。
商人たちも、自分たちが売りさばく以外にも貴族が購入するものよりは安価な衣装を入手し着用し、中には辺境の地まで持ち込む物好きもいると聞く。
無論、平民階級にもその名を知るものは多い。制服が彼のデザインであるからこそ熱望し、猛勉強してこの学園に入った平民の学生も多数存在するのだ。もちろん貧民にはあまり知られた名ではないが、何でも孤児院や貧民街などに行われた衣服や食料などの寄付の元がシャナン・ファクトリーだという噂もある。これはあくまで、噂の範疇ではあるが。
ともかく、そこまでの有名人物をテスが全く知らないらしい、ということにサード王子以下一同は引いたのである。子爵令嬢といえど貴族の一角をなす人物、様々な情報を入手して他者と交流するための話題にすべきであろうに。
そのような、微妙に不穏な一角を差し置いてマキナは、大きく両手を広げた。
「ま・さ・に! 我が王国の産出物と技術の粋を集結させた芸術品! 世界の国々が羨む、素晴らしいものなのですよ!」
そのマキナの視線が、やっとのことでサード王子に戻る。ぎん、と鋭い視線で射すくめられ、王子は思わず姿勢を正した。無論、テスや取り巻きたちもである。
「そのような制服を、まかり間違って我が手で破損させる? そのような愚かなことを! このわたくしが! するとでも! 殿下は! おっしゃるのですか!」
「え、あ、いや……」
素晴らしく力のこもった言葉が、彼らに叩きつけられる。キングダミア王立学園の制服、その一点に熱と力と思いを存分に詰め込まれた言葉をぶつけてくるマキナの勢いに飲まれてしまい、サードは言葉を返すことができなかった。
そういえば、マキナがテスに悪行を働いたのを俺たちは断罪していたはずだったが。
その他の悪行はともかく、制服に手を出すことだけは絶対にない、と言い切れるな。
というか、万が一にもこちらの誰かが制服に傷をつけた場合、彼女に何をされるか分かったものではない。
今のサード王子にも取り巻きたちにも、少なくともそれだけは理解できた。そうすることができなかったのは、この場にただひとり。
「そ、そんなのおかしいです! 何で、たかが制服でそんな馬鹿みたいにいろんなことが言えるんですか!」
「たかが制服、ですって? あなた、わたくしの言葉を全く聞いていらっしゃらなかった、ということかしら」
「聞くような話じゃないです! どこで取れた綿とか、色付けがどうとか、そんなのどうでもいいじゃないですか!」
そのひとりであるテスの言葉に、周囲でこの現場を見ている者たちがそれぞれにヒソヒソと言葉をかわし始めた。もちろん、今後の話のネタとするためであり、テスの実家であるバイカウント子爵家を追い落とす材料とするためだ。
制服に使われている素材や技術は、マキナの話によればキングダミア王国の産業が生み出したものだ。それをどうでもいい、などと発言する子爵令嬢は、自身が何のおかげで着飾ることができ腹を満たすことができるのか、全く分かっていないということになる。
現実を知らぬ娘を、味方に取り込もうとするものはいない。実家になにがしかの旨味があれば別だが、バイカウント子爵家はさほどの家柄でも特産品のある領地持ちでもない。
であれば、周囲の貴族子女や商人の後継者たちのテスへの評価は一つ。『見世物・近寄らないでください』である。
「本当に、マキナ様がやったんです! わたしの、制服のスカートをっ……どうして、謝ってくださらないのですか」
「ですから、わたくしが制服を意図的に傷つけることはございませんの。なんでしたらもう一度、最初からお話しして差し上げましょうか?」
「おかしなことを長々とおっしゃってないで、一言わたしに謝ってください! 制服を破いてごめんなさいって!」
そんな周囲の白い目に気づくことなく、テスは必死にマキナが悪いのだと主張する。当のマキナがではもう一度、演説に挑むかと思われたその時。
「いやあ、それはないよねえ? 我が弟子マキナ」
凛とした、低く聞きやすい男性の声が響き渡った。
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