3.いろとぼたん
マキナの演説は、とうとうと続いている。当事者たるサード王子と取り巻きたち、テスは既に口を挟むことも忘れ、彼女が矢継ぎ早に繰り出してくる制服愛を浴び続けるだけの聴衆と化していた。
「これらの布は、単に織っただけではその自然な白い色となります。そのままでも美しいのですけれど、生徒たちが持つ様々な色と馴染むように染色が施されている、というのは制服を見ただけでもお分かりになるかと思います」
軽く身を翻すたびに、ドレスの裾が揺れる。真紅に染められたそれはマキナにとても良く似合っており、サード王子たち以外の彼女を囲む者たちは視線をそちらに向けることで現状から僅かなりとも意識を逃していた。
「基本となるジャケットやスラックス、スカートはクリーム色ですわね。本来ならば淡い色で広い範囲をムラなく染めることは難しいのでしょうが、これらの素材は先程も申し上げましたとおり、魔力が馴染みやすいアンルーテ綿ですわ」
その間にマキナの話す内容は、素材から色へと移っていた。
キングダミア王立学園の制服はクリーム色に深い緑の縁取りをつけたジャケット、同色のスラックスやスカートにシルクの白のシャツ。そこに男性はネクタイ、女性はリボンを合わせるが、その色はいくつかの中から選択ができる。
スラックスやスカートの下はソックスとタイツが選べ、これもまた色の選択が可能。靴は革靴が指定されており、これら全ては入学前に身体測定を受けてオーダーメードで作成されるのだ。
「微小な魔力を利用することにより繊細な色を使って布をムラなく染め上げる技術は、かつて特待生として学園を卒業された技術者が開発したものですわ。それにより、我が学園の制服は統一されたクリーム色を基調とすることができているのです」
制服の染色、特に外見の大半を占めるジャケット、スラックス、スカートの色は最大の重要事項だろう。マキナが言葉にしたとおり、淡い色でムラのない染色は難易度が高い、と言われていた。少なくとも、キングダミア王国の技術では。
だが、数十年前に学園を卒業したとある技術者が、魔力を利用して生み出した染色技術がそれを可能とした。特にアンルーテ綿のように、素材自体が魔力と馴染む性質のものであればたとえ淡いクリーム色であっても、ほとんど色むらが出なくなったのだ。
この功績を讃えられ、かの技術者は都の一部に研究所と資産を与えられた。キングダミア産の布が美しい彩りを与えられるようになったのはそれからだとも言われている。
「それ以外にもリボンやネクタイの真紅や藍色、学園章の刺繍に使われている糸などにも様々な染料が使用されております。これら染料はそもそも、我が国の各地で産出される動植物から抽出されたもの。それぞれの産地に伝わる製法を発祥としたその作成法は、自然とお肌に優しいものなのですよ。特に女性の皆様は、自身のお肌で実感されているかもしれませんわね」
ただし、魔力利用の染色技術は未だにコストが嵩むため、小物や安い布などの染色についてはこれまでの技術が継続して使われている。もっとも、それでも十分に美しく染まるのだが。
そうして、その後にマキナが続けた言葉に女性たちがほう、と息を吐いた。学園内では化粧はほどほどに抑えること、という一種の不文律が成り立っており、化粧品で肌を荒らすことが少なくなったのだが、その上。
「そういえば、学園に来てからお肌がすべすべになったわよね」
「なるほど。薄化粧と、その上に制服のおかげなのですね」
「え、そうかな」
ひとり、首をひねったのはテス。彼女は年齢よりも幼く見える容貌を更にパワーアップさせるためか、かなりがっつり化粧しているようである。王子と取り巻きたちは気づいていないが、いわゆるナチュラルメイクというものには男性は気づきにくいものらしい。
「布や染料だけではありませんわ。学園章ブローチと、ジャケットに使用されているボタンは、王家より認められた一流の細工師の手になる逸品! またシャツのボタンは中海でしか採れることのない、天然のルーア貝を加工した特産の貝ボタン! 制服をお手に取られた際にはしっかりと御覧なさい、あの小さな表面に施された細工を!」
ついていけないテスを放置したまま、マキナの演説は更にボタンや学園章へと移っている。
学園章ブローチはジャケットの襟に止められるのが基本ではあるが、男子生徒などはネクタイピン代わりに使っていることも多い。細かな金細工を施されアクセントとして小さな宝石をはめ込まれたそれは、そのまま舞踏会などでアクセサリーとして使う者もいるという。
外から見えるために目立つものであるジャケットのボタンとは対照的に、シャツに使われているそれらは小さく目立たない存在である。しかし、マキナの言う通りしっかりと目にした者は気づくだろう。親指の爪ほどしかないその小さな表面には、キングダミア王立学園の名が飾り文字で刻まれていることを。
「ああ、俺知ってる。あれすっげー細かいんだよな」
「お母様が、ボタンを見て驚いていらっしゃいましたわ。あれだけの細かい細工は、わたくしたちのドレスの装飾にも用いられるものですしね」
マキナの演説を聞いていた者たちの中から、そういった声が上がる。一方サード王子の周りでは、全員が顔をしかめていた。
「そんな小さなところに気を使って、何が楽しいんだ?」
「たかがボタンですしね……」
アッドが眉をひそめ、サクスが首をひねる。その中でさすがに宰相子息だけあってか、プリムは顔を青ざめさせていた。
「中海特産のルーア貝を使った貝ボタンといえば、我が国の技術の粋を集めた逸品であると周辺国からは高評価なんだよ。物によっては、同じ重量の金と引き換えにされることもあるんだ」
「は?」
「つまり、それだけ高価なものを惜しげもなく制服として着用させることで、外国からの留学生たちにも特産品の質を見せつけている、ってことだ」
「まあまあ。さすがはプリム様、その程度のことはきちんとご理解いただけますのね」
自身の演説の意味を一つ受け取ってもらえたからか、マキナはとてつもなく上機嫌な表情になった。くるくると舞うように会場の中央で回転し、大きく両手を広げる。
「キングダミア王立学園の制服は、それそのものが我が国の特産品の粋を集めたもの。全ての生徒たちにそれを着用していただくことで、それらの良さを感じ取っていただき広めていただくことが、存在意義の一つなのですよ!」
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