制服を愛する令嬢が婚約破棄された話【連載版】

山吹弓美

1.そもそも

「マキナ・フュルスト。この場を借りてお前との婚約をなかったものとし、改めてテス・バイカウントとの婚約を結ぶことを宣言する!」


 無事に学園を卒業した生徒たちを祝う卒業パーティ。その会場の中央で声を張り上げ、場の雰囲気に全く合わぬ発言をしでかした人物は注目の的となった。

 そして、名を呼ばれた令嬢も。


 ここはキングダミア王国、首都グランダミアに存在するキングダミア王立学園。貴族の子女や大商人の後継者、時には特待生として選ばれた平民が通い、様々な学問を身につける文字通り学びの園である。

 通うのは十五歳から十八歳の若者たちであり、卒業すれば彼らは成人とみなされる。キングダミア王国では十八歳が成人年齢でもあるため、これは当然のことなのだが。

 学園を卒業すればある者は配偶者と連れ添い、ある者は目指す職につく。貴族や商人の後継者であれば、親の生業を継ぐ修行に入ることも多い。

 そう言った彼らにとって学園での生活は自身の学びと同時に、様々な人物との交流を持つ期間でもある。商人はお得意様の開拓を、貴族は婚約者や自身の家との交流関係を、広げる場でもあるのだ。

 特に今年の卒業生にはキングダミア王家の第三王子サード殿下と、その婚約者であるフュルスト侯爵令嬢マキナが含まれている。二人は卒業後、婚姻に向けて王城での生活に入ると考えられていた。

 サード王子は第三王子でありながら王位継承権第二位の存在であり、マキナの実家であるフュルスト侯爵家の後ろ盾を得ることができれば王国内でも大きな権力を保持することができる。王家としては王とその後継者である第二王子セカンドの補佐役としてサードを置くことで、自らの基盤を強化するための婚約であった、のだが。


 卒業生にとり、学園行事としては最後のものとなる卒業パーティの場で、先程の空気を読まない爆弾発言がなされたわけである。


「は?」


 声を上げたのは金の髪に深い紺の瞳を持つ端正な容姿の青年、第三王子サード・キングダミア殿下。

 その彼にお前と呼ばれ、婚約の破棄を告げられたのは栗色のウェーブの掛かったロングヘアに真紅の瞳を持つ美少女、サード殿下と婚約を交わした相手であるはずのフュルスト侯爵令嬢マキナ。

 互いにこのパーティのために誂えた盛装を着用しており、その姿のまま向かい合う様子は彼らの周囲を距離を開けて取り囲む観衆たちの視線の的となっている。

 そして、サード殿下に隠れるように寄り添って立っている、ピンクブロンドのストレートヘアを背中に流す少女も。


「理由をお伺いしても、よろしいでしょうか?」

「そんなことも分からないのか。それでよく、俺の婚約者などと言えたものだな!」


 突然の婚約破棄宣言に、マキナはぽかんと目を丸くしたままである。その彼女に対し、サードは苦々しげな視線をそらさない。


「サードさまあ、わたし、こわいです……」


 ……その王子の背後にぴったりと張り付いている少女の姿に、今やっとマキナは気づいた。

 確か、バイカウント子爵家の令嬢であるテス。マキナより一つ年下の彼女ではあるが、卒業パーティには在校生も招待されていれば出席できるため、おかしくはない。

 自分とは違い年齢よりも幼く、男性の庇護欲をくすぐるような容姿の彼女は確か、バイカウント子爵家当主が外に作っていた娘という話だったか。後継者不足を理由として当主が引き取り、一年前この学園に編入してきたという。

 その彼女の周囲にはサード王子を始めとしてチャンセラー宰相の子息であるプリム、国軍元帥マーシャルの孫に当たるアッド、はてはマキナ自身の弟にしてフュルスト家嫡男サクスまでもが寄り集まっている。

 その中でサード王子は、マキナを憎むように睨みつけたまま更に声を張り上げた。


「このテスに対する数々の悪行、忘れたとは言わせんぞ!」

「まあ。忘れる以前に、覚えがございませんわ」


 頬に手を当てて、マキナは呆れたように声を上げる。その口調がどこかあざ笑っているようにも聞こえ、サードは更に顔を歪めることとなった。

 そもそもマキナは、テスのことは知識、情報として知ってはいた。王子の配偶者候補である身としては、国内の貴族たちについての情報に詳しくあるべきなのだから。

 が、この学園では年齢別にクラスが分けられており、それぞれカリキュラムも異なる。そのせいもあり、マキナがこうやってテスと向かい合うのは今日この場が初めてのはずである。実際、テスの容姿を確認したのはたった今だ。

 その相手に対し、さて自分がどのような悪行を為したというのであろうか。首をかしげるマキナに対し、サードをはじめとした男性陣が口々に上げたのは確かに悪行、であった。


「テスに対し無理難題を押し付けたのだろう! 母君の形見を譲れなどとは!」

「テスがもともと平民であったことを罵ったと聞いているぞ!」

「教科書を奪って破いたそうだな!」

「水をかけたり、足を引っ掛けて転ばせたりしたんだそうですね、姉上! その上、階段から突き落とすなんて!」


 全て、マキナには身に覚えのないことである。今まで会ったこともないのだから、当然だ。

 しかもどうやら、彼らが口にしている言葉からすると全てが伝聞によるものであるらしい。誰から、といえばおそらくはテスから、なのだろう。

 実際にテスが別の誰かからそのような嫌がらせを受けたのか、それともテスが嘘をついているのか、マキナには分からない。が、いずれにしろマキナの尊厳を貶める罵詈雑言を目の前の、位の高い親を持つ者たちが吐き続けていることは明らかだ。


「……わたくしは何もしておりません。それに、お一方に対しそのような嫌がらせが続いているのであれば、学園が動くはずですわ」


 小さくため息を付いてマキナは、事実を述べるにとどめた。

 この学園に所属する生徒は、その身分を問わずほぼ同等の扱いとされる。既に卒業式が終了しているサード殿下やマキナたちには、それは適用されないけれど。

 だが、どうやらテスに対してマキナが行ったとされる悪行の数々、それは学園に在籍中のものであり……如何にマキナが侯爵家の娘であり王子の婚約者であったとしてもそれは調査、懲罰の対象となるはずである。

 さてさて、それがなされなかった理由とは。


「ひ、ひどいです、マキナ様!」

「落ち着け、テス。今、マキナから謝罪を引き出してみせるからな」


 マキナの反応が薄いことに苛ついたのか、テスが涙目で訴えた。この場にいる全員の視線が、子爵の娘としては甚だ豪華すぎるドレスに身を包んだ彼女に集中する。

 ただ、そのドレスを見てマキナは、軽く首を振った。この会場にいる女性の中でおそらく一番派手できらびやか、悪く言えばゴテゴテしすぎたドレスは彼女の趣味には、合わないものだから。

 そのマキナの仕草には気づかずにテスは、ぎゅっと何かを噛みしめるような表情で大声で、叫んだ。


「先日、マキナ様の手で制服をビリビリに破かれたんですううう!」

「いくら何でも、それはあり得ませんわ! 冗談ではございません!」


 テスの悲鳴に重なるように、マキナが更に大きな声で反論を述べた。

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