第7話 胸元に咲いた赤いバラ
三日月さんとふたり、新刊を台の上に見栄えよく陳列してゆく。
ちなみに、三日月さんというのは苗字だ。名前は……一度聞いた記憶があるけど忘れた。
「なつかしいなぁ。小学校の組体操を思い出すんだよね、こうしてると」
「ふぅん」
当然、僕に小学校の記憶などない。事実がないのだから。
だからこういうときは適当なあいづちを打つしかできない。
でもそれでいい。
こういうとき、三日月さん……に限らず女の子という生きものは“僕の小学校時代の話”を聞きたいのではなく、ただただその先にある自分のことを話したくて、でもってその話したいことを話すためには僕のあいづちが必要不可欠なのだ——その程度のことはわきまえている。というか、幾度とない女の子とのメッセージアプリや無料通話のやり取りで学んでしまった。敗戦からも、学ぶことはあるのだ。
「でもさ。組体操だと『よしっ! お前はデブだから一番下な!』とかあるじゃん」
「うん」
そうなんだ。厳しい世界だな。
小学生というと、六歳から十二歳……。
もう自分の歳すら忘れた僕でさえ、顔のことを言われるとそれなりに傷ついている。
それなのに、そんな小さな頃から体操の場所決めひとつで体型について言及されるとは……人間とは恐ろしい。
「本だとねぇ。みんなぜーんぶ、同じサイズに顔。だから、どこに置こっかって悩まなくていいぶんラクだけど、どれも同じだから、ディスプレイに限界があるっていうか……」
「まぁ、たしかに」
僕たちは黙々と作業をつづけた。
ときどき、やってきたギャラリー(客)が僕たちの陳道中(陳列の道中の意)を撮影してSNSにでもアップしているのだろう、すぐにスマホになにやら打ち込んだりしたり、「すごいっすねー」と声をかけてきたりする。
建設中の本タワーにおいて、親方は三日月さんで、助手は僕。
いらなくなった本の包んであったクラフト紙を、僕はくしゃくしゃにして段ボールに入れていく。
ここはまだ土台づくりだ。
本の角度をある程度散らすようにしつつも均等な高さに積んだところで、アクリル板を置く予定なのだそうだ。
実際にお客が手に取れるのはアクリル板の上に置かれた本だけ。
そこには、シュリンクがけされたものが置かれるかたちとなる。
まんがなんかにはほかの本と違って、パリパリとした薄いビニールが巻かれていたりするだろう? あれがシュリンクがけ。っていうんだって。
シュリンク、という単語は物の名称だから業界用語でもなんでもないのだけれど、いまだに、使うのがなんだかすこし恥ずかしい。社員さんをのぞけばそろそろ、後輩のほうが多くなってきた頃合いだというのに。僕はいまだ、アニメショップの店員になりきれていないのかもしれない。それどころか、この街で暮らす人間にさえ。
「——ほい、一丁上がりっス!」
背後から元気のよい声が聞こえる。
新人のメイちゃん。
シュリンクされたての新刊を持ってきてくれたのだ。
僕と、それから三日月さんとが振り向く。
「あ、ありが……」
——元気だけど、元気すぎるのがちょっと玉にキズってところで……。
「危ない!」僕が思わず言うと、
「ほぇ……?」周りが見えていなかったようすのメイちゃんがフリーズして、
しかし時すでに遅く、
「——きゃぁぁぁぁぁっ!」
通路の向こうから歩いてきたお客に、ほやほやシュリンクブックスがぶつかって、そこいらじゅうにブチ撒けられてしまった。
なぜだか、いやにスローモーションに感じられた。
飛び散る本が、まるで魔法かなにかで飛び交う本のようにも見えて。
どうしてそう見えてしまったのかに気づくまでには、さほど時間はかからなかった。
引力によって地面へと落下する本のなかに立ち尽くすのは、ゴシックロリータの女の子。
髪は白、目は赤色。ふくらんだスカートは黒く、フリルもすべて黒く——胸元にだけ、血のように赤い薔薇が咲いている。
——見つけた。
この子だ。
間違いない、きっと。
この子がきっと、マスターの言っていた——“吸血鬼のお嬢さん”。
僕と目が合って、彼女の赤い目がふっと細められた。
そう見えてしまったくらいにはもう、僕は彼女を“そう”だと思い込んでいたのだ。
吸血鬼界最強のフツメンだけど、今日もなんとか生きてます。 こなぴよ @konapiyo
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