第6話 それじゃあ、まるで本物のお尻じゃないか
物語のなかだと誓いや決意なんてものは尊く、そして崇高なものだったりもする。
現実においても、そういう人間は少なくないだろう。
僕に言わせるならば、そんなかげろうのような短い寿命なのだからもっとほかにこだわるべきものがあるだろうと言いたい。
何が言いたいのかというと、僕は気安く誓うし、簡単に決意をする。
言うだけタダ。無料。ゼロ円だ。
スーパーやコンビニのビニール袋よりも安い。
つまり本当のところはどういうことを言わんとしているのかというとつまり、三日前くらいに同族のゴスロリっ子を見つけるぞぉ! と誓っておいて、とくに何もしていないということだ。
いいじゃないか。僕がいつ死ぬのか、僕にもわからない。
きっと、君が死ぬよりもずっと後だよ。
これがもし人間ならば、焦らなければならない。
ゴスロリの女の子がゴスロリのお姉さんになってさらにゴスロリのBBAになり、ゴスロリのおばさんになってしまうからだ。むろん待ちたい派の紳士だっているだろう。それはけして悪いことではない。むしろ歓迎される。だから誰か、僕といちゃいちゃしてくれないかなー……。
「あの……」
あーいっそ僕もトラックに轢かれて悪役令嬢にでも転生してスローライフしたーい。
「あのぅ……」
なんか色々混ざったな。剣持ったり痛そうなのはパスね。痛みってよくわかんないから。
「あのっ!!!!!」
「はっはいっ! なんでしょうかっ」
——振り返れば、そこに陰の者。
なんだよ。こっちは商品の陳列を直してるふりして現実逃避の真っ最中なんだぞ。見てわからんのか。
「あの、本日発売の『四十代の雇われコンビニ店長だった俺がトイレに流されて異世界に転生、猫耳エルフとむっちりお姫様に挟まれてラブラブまんぞくライフ』はどこらへんに置いてありますかね?」
「えっと……申し訳ありませんが、もう一度タイトルをおっしゃっていただいてもよろしいでしょうか」
「すッすすす、すみません。あのですね、本日発売の『四十代の雇われコンビニ店長だった俺がトイレに流されて異世界に転生、猫耳エルフとむっちりお姫様に挟まれてラブラブまんぞくライフ』の有り処についてたずねているわけであるからにして」
「あっ、ああ〜あれですね。あのあれ」タイトル長いやつ。
「はいそうです、タイトル長いやつです」
「!?」
なんだこいつ。読心術の使い手か何かか。
見た目からてっきり四十代の雇われコンビニ店長だとばかり思っていたが、なかなかにやりおる。あなどれない奴だ。
もちろんアニメショップのスーパーアルバイターとして一度聞いた時点でその書影まで頭に浮かんでいたが、もう一度言わせたくてちょっぴりいじめてやったのだ。
フフ……いろんな意味で言いにくいタイトルだろう。
それに猫耳エルフってなんだよ。耳が四つもついているのか?
今朝、開店前に陳列する際に見た限りでは、おっさんの周りに女の子が二人いて、その二人とも猫耳でもエルフでもなかったような……。
イラストレーターさんも人気のある人だし、忙しかったのかもねぇ……。
などと思いながら僕は四十代雇われコンビニ店長(仮)をタイトル長いやつの陳列してある棚へと案内した。
「ありがとうございます〜っ」
「いえいえ」
……ほっ。
どうやらただの人間だったらしい。
だって。もしも心が読めていたならば、案内するまでの数秒間で僕の考えていたことを読んで、キレないはずがないからだ。少なくとも不機嫌不可避。だが、あやつは心から感謝していた。
(あーあ……)
ちょっとキモくて挙動不審でなんだか変なニオイがするだけの善良な人間をうさ晴らしにいじめちゃうなんて、僕はまだまだ、子どもだなぁ……。
大人って、何百年生きればなれるんだろうね。
人間ってすごいなぁ、たった何十年で大人になれちゃうんだから。
センタープラザの片隅で、僕はため息をひとつついた。
補足しておくと、日本には数多くの都市が存在し、そこそこの規模の都市にはオタク向けの実店舗が店を構え、だいたいの場合それらは都市のひとところに固まって建てられている。東京なら秋葉原や池袋、大阪ならなんばから日本橋、名古屋であれば大須といった具合にだ。
でもって、僕の暮らしている神戸のそのような場所、いわばアニメショップクラスターが三宮にある雑居ビル、三宮センタープラザというわけだ。
本当はこの容姿を活かして別店舗でコスプレ店員として働くつもりで面接を受けたのだが…………。『髪や目の色はウィッグやカラコンでどうとでもなるしねぇ』と、その場でありがたいお祈りの言葉をいただき、紆余曲折を経ていまに至る。
「千秋ー。これ並べるの手伝ってー」
「はぁい」
三日月さんが呼んでいる。
いま呼ばれた下の名前も結構、気に入っている。
僕の名前であるセバスチャンを瀬羽と千秋にそれっぽく分解してみたのだ。
住めば都というかなんというか、いまとなっては本名ばりに愛着のある名前だ。
三日月さんは僕の少し後輩のアルバイトの子だ。
二十三歳。どこにでもいそうな、アニメ系の専門学校を卒業して気づけばなんとなくフリーターになってましたという女の子。身長は低めだがそのぶん、摂取した栄養素のすべてが胸に回されていそうな体型をしている。
「ふふーん。今回は前回を超えるリツイート、狙っちゃうもんねー」
僕が来ると三日月さんはしゃがみ込み、段ボールごと持ってきた新刊を組み立てはじめた。
特技は、本の芸術的陳列。
本来であれば新刊の陳列・補充は閉店後、あるいは開店前に行っておくのが鉄則である。だがこのパフォーマンス目当てに訪れるお客さんも少なくないため、試験的にではあるが今回はじめてライブ本並べイングを開催することになったのだ。
肩よりもほんの少し上で切り揃えられた黒髪が揺れて、靴のかかとの上に乗った、胸よりもさらにひと回りは大きい豊満なお尻も揺れた。
座り心地のよい尻ポジを探しているのかもしれない。
卑猥である。
ほかの奴らにそれが晒されないよう三日月さんの後ろに立ってガードしていると、
「もぉー。私が教えてあげるからさぁ。千秋もほら、座った座った」
などと言われてしまい作業に専念せざるを得なくなってしまったので、三日月さんのムチチチチィッなお尻は衆目からフルオープンになる。
何を思ってこの子は今日、ベージュ色のスキニーパンツなぞはいてきたのだろう……。
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