第5話 新たなる決意(モテたい)

「そうなの」


 話を聞き終えてノーラは短くそう言った。

 コトリ。

 口元を離れたカップが木製の机の上に置かれる。

 チョコレート、いやもっと遡ってカカオ豆由来のココアの甘ったるいにおいと、真紅の薔薇のすっきりとした高貴な香りとが混ざる。

 途中、話を遮られることもなく。

 じっと僕のことを見ながら、話を聞いていた。


「心あたりはあるかい?」

「ないわ」

「じゃあ君がここ最近三宮に行ったことは?」

「ないわ。わたしがそのスペインバルとやらに行ったかって言いたい訳」

 ——おっと、ご機嫌ななめモード(通常運行ともいう)に入ったぞ。

「いやそういうわけでは」……そういうわけなんだけど。

「この姿のどこが! 二十歳過ぎのおばさんに見えるというの」

「いやだって君ハタチどころか数百歳——うぶっ」


 てな感じで僕は、イケメンマスターのいる喫茶店を追い出されてしまった。

 やれやれ。外はやっぱり日射しが暑いぜ。

 暑いったって秋半ばだけど。

「すみませんね、今日はなんだかご機嫌ななめみたいで。また遊びに来てやってください。ノーラも喜びます」

「そうかね」

 ご丁寧に店の外までお見送りしてくれた伸一郎は僕にコーヒー三十円引き券をくれた。

 白黒コピーで、手作り感満載だ。四隅もまっすぐではない。上辺に対して文字がななめになっている。おおかた、そこにあるコンビニで適当に刷ってきて、ハサミでざくざくと切ったのだろう。

 これが、イケメンならなにやっても許されるってやつね……なるほどね。

 などと内心ふてくされていると、

「ノーラのことを気にかけてくれるのはもう……私のほかには、あなたしかいませんから」

 と、スーパーイケメンな答えが返ってくる。うぅ、ほだされてしまう。

 しかしちゃっかり自分のことを主張しているあたりが憎めない、いいや憎むべきイケメンなのだ。



 神戸に帰るべく再び電車に乗ると、車内にて小賢しそうなクソガキが僕を見て「ママー。あのひとかみのけしろいよ?」と言って、クソガキのママンが「あんまり見ちゃいけません」と言った。


 ユーリィはよく、電車に乗ると『一緒に写真撮っていいですか?』と言われるという。

 でもって交換したインスタの投稿を僕に見せてくれる。

 真昼の太陽みたいに眩しいユーリィの笑顔と、下心まんまんの下等なメス共の笑み。


 なんなんだろうなぁ、この差は。


 わかりきっている答えまでの道すじを複数回路自問自答する。


 堅野さんが言っていたゴシックロリータの女の子。

 その子が仮に存在して、お仲間だったとして。

 探して見つけて、それがいったい僕にとって何になる?


 ……人間の女どもの反応が芳しくなさすぎるから、せめて同族にモテたいとか、そんなところでは決して……ない。あるます。


 僕だって! 僕だって!


 食欲とは別に人並み(用法上の表現)にカワイイ女の子をはべらせたい欲求くらいある!

 モテたい! モテたぁい!


 それに。


 同族ならば、僕のすごさを理解してくれるはずなのだ。

 なぜなら僕は————。


(しかし、ふつうに暑いな)


 電車の日よけを上げながら、僕は絶対にまだ見ぬ同族を見つけてやろうと心に誓った。

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