巨大な蛆虫が這い出てくる謎の大穴のある町、平凡な日々を過ごすひとりの男性が、ちょっと不思議な来訪者に遭遇するお話。
現代ファンタジー、というか、どこかショートショートのような味わいの掌編です。自分が暮らす街の真ん中に、なんかぽっかり開いた不思議な穴。中からはでっかい蛆虫みたいな生き物が湧いて出て、でもそれを餌にする(っぽい)巨大な鳥もいるのでとりあえず生活に支障はない、という、この鮮烈でありながらも不思議な舞台設定。この『穴』についてもそうなのですけれど、他にも作中の登場人物として『神様』(あくまで自称ではあるものの)が出てきたりもして、この辺りの道具立てがとてもショートショートらしいと感じました。
ただ、お話そのものはどうもショートショートっぽくないというか、それにしては妙に生々しい手触りがあって、その感覚が非常に面白い。主人公個人の実感というか、現実味、と言ってはおかしいのですけれど、でも彼の人生のドラマを追っているような手触りの文章。
出てくる神様も同様というか、『超常的な力で願いを叶えにきた(らしい)』という点においてはいかにも『神様らしい役柄』であると言えるのに、でも個人としてのキャラクターがしっかり立っている。彼らの掛け合いにはときにコメディのような軽妙ささえあったりして、なかなかに独特の味わいを感じました。なんだか『道具立て』の部分が放置プレイされているような、でも強烈なインパクトの後味だけはしっかり残っているような感じ。
急に趣味の話をしますけど神様が好きです。彼のキャラクターあるいは性格や性分。実は勝手に少年のつもりで読んでいたのですけれど(一人称が『僕』なので)、よくよく見直してみると性別がわからないんですよねこの子。いや神様ですからそもそも性別なんかないのかもしれませんけれど、とにかく小悪魔っぽいところが単純にストライクでした。いや神なのに悪魔呼ばわりも失礼かもですけれど。
以下は結末について触れるのでたぶんネタバレになります。
結末が良いです。物語の帰着点、その「え、そういう話だったっけ?」みたいなぶっちぎり感。まさかそこに落とすとは! なんだか裏切られたような衝撃すらあるのに、なぜか満足感しかないという……なんでしょうかこの気持ち。見事に幸せに終わっていて、どこか腑に落ちないような気がするのに、でも全然悔いがない。というか、実質望んでいた部分でもある。なんとも不思議なラストでした。
総じて、ちょっとグロテスクな雰囲気の圧が不思議な、でもキャラクターの魅力的な物語でした。やっぱり神様が好きです。あと「美秘書」というのも。