真夜中の出会い
むかしむかし、悪い魔法使いが魔法を失敗しました。魔法使いの空けた穴は魔界につながって、そこから魔物があふれ出しました。
あふれだす魔物を王様は止めようとしましたが止めきれず、世界は滅びかけました。しかし一人の勇者が仲間とともに魔物のあふれる穴を半分ふさぐことに成功しました。
それによってあふれる魔物の数も減り、なんとか均衡を取り戻すことができました。
けれど魔物はすでに世界のあちこちにはびこり、魔物との戦いは日常になってしまったのです。
暗い山道を歩きながら僕はそんなおとぎ話を思い出していた。住む家を持たず旅から旅の暮らしももう慣れた。
当てもない旅を続けていたけれど、今回はついてなかった。同行させてくれていた商隊が魔物の襲撃を受けた。
暗闇にうっすら浮かび上がる紅く光る眼はトラウマものだった。
おかげでこんな深夜にあてどもなく森をさまようハメになったんだけど……ここはどこだ?
そんなのんきなことを考えていたのも束の間、背後から追ってきていた魔物の鳴き声で慌てたのがまずかった。
「うわ!?」
足を滑らせた。斜面を滑り落ちていく。
背後からはギィギィと犬の鳴き声を変な風にこもらせたような、おそらくゴブリンと思われる声がしていた。
ザザザっと草木をかき分け、斜面を滑り降りていく。というかあランスを崩したら転がり落ちて大けがは免れない。
しばらくすると斜面が緩やかになって自然と速度は落ちて行った。途中で大きな木や岩にぶち当たらなかったのは僥倖と言えるだろう。
幸い茂みの中だったので、しばらく息をひそめて耳を澄ます。魔物の鳴き声はしておらず、自分自身に関しては追撃を逃れたのだろう。
あの商隊の人々は大丈夫だろうか?
そんなことを考える余裕ができたのはいいことなんだろう。けど、現在位置がわからないというより大きな問題が出てきたことに目を向ける。
「ここ、どこなんだろ……」
一人で生活している時間が長いとどうしても独り言が多くなる。と半ば現実逃避をしながら周囲を見渡す。
夜の帳が天を覆っているけども、煌々と照らす月明かりが周囲の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせていた。
背嚢を確認すると、口火を入れていた甕は割れていた。幸いにして他のものに燃え移っていなかったが、火を失ったことで少し心配事が増えた。そもそもこんな森の真ん中で焚火をすることはないが、例えば雨が降ったら、などと心配事は尽きることはない。
けもの道でもないかと足元を見るが、膝から下はまるでインクにでも浸かったかのように真っ暗だった。
それでも周囲を見渡すとわずかな手掛かりがあった。水が流れる音だ。
サラサラとかすかな音を頼りに草をかき分けて進むと、少し開けた場所に出る。現在位置はわからないけど、それでも夜空にぽっかり浮かんだ月を見ると、少しだけ安心できる気がした。
再び音を頼りに進むと、湿った匂いがした。濡れた土が発する匂いで、水場が近い。
月明かりに照らされて、音を頼りに進んでいくと、水場に一人の少女が立っていた。
それは幻想的な光景で、じっと突きを見上げる姿はおとぎ話の月から来たお姫様の話を思い起こさせる。
ふらふらと魅せられるままに近寄って、声をかけていた。
「すいません」
月に照らされた少女は最初はこちらを見ることなくひたすら月を見ている。
「すいません!」
少し大きめの声で再び声をかけるが……彼女のそぶりは変わらない。
っていうかこれ、僕の妄想の産物? 実は斜面から落ちる時に頭でも打ったかな?
などと一人考え込んでいると、少女がこちらを振り向いた。
「え……?」
それまで少し目を細めて、眩しさを和らげようとしていたのが、真ん丸に目を見開いている。
「あ、あの。こんばんわ」
もっと言いようもあるだろうが、僕を育ててくれた祖父は、「人間関係の基本は挨拶ぢゃ!」と叩き込んでくれていた。
「ふぇ? え、ええ。こんばんわ」
「月が綺麗ですね」
「ふぁっ!? ああ、そうですね」
なにやら顔を赤らめてこっちをチラチラと見る少女は、僕が今まで見てきた中で一番の美人だった。思わずじっと見つめると……何やら背後の景色が透けて見える。
え? 幽霊? ゴーストの類だったら僕の一生はここで終わりか。ああ、けどこんな綺麗な子にとり殺されるなら仕方ないか、などと混乱しきっていると、彼女が表情を改めて話しかけてきた。
「え? あんた、私が見えるの?」
なんかいまさらなことを言われた。何もない虚空に向かって挨拶をするような変質者だと思われたのだろうか?
「ええ、そうですね。っていうかなんで半分透き通ってるんですか?」
「え? あたしが透明感あふれる美人ですって? やだー、わかってるう!」
美人なのは否定しないがなんか会話が成立していない。
「えっと、すいません。ここはどこですか?」
「んー……、え!? なにこれ!?」
少女は驚愕の表情を浮かべている。驚いた顔も美人だなあ。というか、美人はどんな表情をしていても美人なんだなと、成立しない会話に半ば現実を逃避する。
彼女はスッと手を伸ばし、いきなり僕の顔をつかんだ。その手そのもの透けて向こう側が見える。けど、半透明の手は僕のこめかみに指をめり込ませ、ぎりぎりと締め上げてくる。
「ふぎゃ!?」
いきなり彼女の指から雷のような衝撃が走り、思わず目を閉じて、再び開くと……視界が真っ暗だ。けれど変わらず彼女の手の感触がする。
「これで波長の調整はおっけーと。あとは……本体に戻らなきゃ無理ね。ああ、あんた。こっちよ! ついてきなさい!」
その有無を言わさぬ口調に思わずうなずく。
そして彼女は僕の手を引いて、走り出すのだった。
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