伝説の魔獣

 チコの警告があってすぐに、びりびりと細かく建物が振動を始めた。地震か? と思ったが、エルフたちの母なる大樹が深く根を張るこの地はまず地震などは起きないという。


「……なし崩しで申し訳ありませんが、どうやら封印が解け始めているようです」

「そうみたいだね。案内をお願いしても?」

「ええ、こちらです」

 僕が声をかける間もなく、アルバート達が僕の前に立つ。同時に彼の仲間たちが僕の左右と後ろを固める。

「……ありがとう」

 僕のボソッとしたつぶやきにアルバートは後ろ頭をかきつつ、アリエルの後について歩きだした。


 森がざわめいている。特に風もないのに木々が揺らぎ、動物は身を潜めている。ざわめきの原因は徐々に封印から漏れ始めているエーテルだろう。

 今までどれだけの時間閉じ込められていたのか、意志ある者ならばそれこそ気が狂うほどの長い間、体の自由を封じられ、視界は遮られ、音はせず、口を利くことも許されない。

 うん、フツーにブチ切れ案件だね。

『私も同じような状態だったんですけどねえ』

 チコのつぶやきは聞かなかったことにしよう。


 そのまま進むと、森の真ん中にぽっかりと広場ができていた。さらにその中央に石碑が立っている。


「いけない……、森羅万象の息吹よ、集いて無尽なる盾となれ!」

 石碑の文字は真っ赤に染まっていた。何が書いてあるかはよくわからなかったが、チコが解説してくれた。

『えーと、堕ちたる魔獣をここに封印する。だそうです。……なんてこと!』

「え!?」

『封印を維持しているエーテル回路が断ち切られてますね。もちろんすぐに稼働停止するわけじゃないんですが……ああ』

「で、何が起きてるんだい?」

『さっきの建物あったじゃないですか。あれ、支点になってる木を切り倒してるっぽくてですね』

「それで回路が切れて封印が解けたと?」

『なーんかあの建物、やたらエーテルの気配が濃いと思ったんですよね』

「あー……」


 そうこうしてるうちに目の前では戦いが始まっていた。

 石碑を吹き飛ばして現れた真っ黒なマナの塊が、口らしき場所を開いてブレスを放つ。

 一直線に飛んできたブレスはアリエルさんが張っていたシールドに当たって霧散する。アルバートの背後から弓使いが出てきて矢を放つが、虚空に吸い込まれるように貫通して、ダメージを与えた様子がなかった。

「エーテルをまとわせるんだ! 戦技を使え!」

 アルバートの声に周囲の戦士たちが雄たけびで応える。

 エーテルの塊みたいなものだから、ただの物理攻撃は通用しないわけか。


「風よ! 螺旋を描き彼のものを貫け!」

 エルフの戦士が前に出て槍を突き出す。すると、互いのエーテルが相殺する形で霧散した。

 ただおおもとのエーテル強度が違い過ぎるのか、彼は全力の一撃を叩き込んだわけだが、魔獣の方は1%もダメージを受けていない。

 全力の一撃を叩きつけたエルフの戦士は精魂尽き果てて、魔獣の攻撃を何とか槍で受け止めたが、槍は真っ二つにへし折れ彼自身も吹き飛ばされた。

 治癒の術を持つエルフが回復に向かった。

「くっ、死にはしないが、この戦いにはもう立てないだろう」

 その一言にエルフたちに動揺が走る。どうも彼はかなりの腕利きだったようだ。

『近接戦闘においてはエルフで一番だったみたいですよ』


「最大出力の魔法を叩き込む。アルバート殿、時間を稼いではくれまいか?」

「はっは! 任せとけ!」

 アルバートの合図で彼の率いてきた戦士たちが左右に展開し、左右交互に攻撃を仕掛ける。

 その攻撃は魔獣の表面を削るように繰り出され、深く踏み込まない。

「戦闘不能を避けろ! 時間を稼ぐんだ! 敵に的を絞らせるな!」

 アルバートの矢継ぎ早の指示に戦士達は応える。

 魔獣は周辺のエーテルを取り込んでは魔力弾として放ってきた。

 時にアルバートが前に出て、大剣で受け流し、はじき返す。

 背後のエルフの魔法使いに目が行くが、その都度自らのエーテルを膨れ上がらせて魔獣の目を引く。

「お前の相手はこっちだよ! よそ見するとぶった切るぞ!」

 言葉が通じているのかはわからない。だけどアルバートの言葉に反応はしているようだ。


『うん、やっぱり彼を戦士長に任命したのは正解でしたねー』

 精兵と呼んでいいレベルまで鍛え上げ、彼らを完全に掌握しているアルバートの手腕は見事なものだった。

「戦士としても一流だね」

『それにしても……』

「どうしたんだい?」

『いえ、確かにアルバートさんは強くなりました。エルフたちの援護もうまく行ってます』

「そうだね。互角に渡り合っている」

『だからおかしいんです』

「え?」

『私が最初に探知した魔獣の評価値は53万、彼らの戦力は相乗効果を合わせても……いいところ25万。勝負になるはずがないんですよね』

「それって……?」

『まだ底があるということでしょうね』


 魔獣が再び口らしきものを開いてブレスを放った。しかも絞り込んだ線上ではなく、扇状に広がろうとしている。


「いかん! 堅牢なる力よ、わが身を鎧いたまえ! 要塞のごときわが身をもって仲間を守る! フォートレス!」

 アルバートが魔獣の眼前まで踏み込んで大剣の腹を見せて構えた。ブレスが当たってすさまじい閃光が走る。

 アルバートは剣に込めたエーテルを左右に広げ、文字通り体を張って仲間を守っていた。

 永遠にも刹那にも感じられた時ののち、ブレスは潰えた。同時にアルバートも全体力を使い果たし、がっくりと膝をつく。


「アルバートさん! そのまま横に転がって!」

 アリエルの声に、アルバートがそのまま横に倒れ込む。それでアリエルの位置から魔獣への射線が開く。


『ものすごいですね、全身のエーテルを指先だけに集約してますよ。一瞬でも制御を失敗したら……』

 チコの言葉も耳に入っていなかった。


「くたばりなさい!」

 アリエルの指先からすさまじい密度のエーテルが放たれる。それは一条の閃光となって魔獣を貫いた。

 直後、お互いのエーテルが反応し、大爆発が起きる。

「やったの!?」

 

 アリエルのセリフはいろいろとお約束だ。

 爆発が収まった後、薄れゆく煙の中で魔獣は健在だった。


『あー、あの靄みたいなの、封印の術式の一部だったみたいですねー』

 確かに魔獣の威圧感は先ほど以上だ。森だけでなく大地全てを揺るがそうとするほどの威力を秘めていた。


「殿! だめです!」

 アルバートの叫びを意図的に聞かなかったことにして、僕は前に出て行った。

 真っ黒な靄は収束し、そこには白銀の毛並みを持った狼が遠吠えを上げていたのだ。

 狼は無言で僕を見上げている。僕もその狼から視線をそらさずに向き合っていた。


「フェンリルだと……?」

 エルフの一人が震える声で呟いた。


「お手!」

「わん!」

 僕とフェンリルのやり取りに、行方を見守っていたエルフがすべしゃああああああってこけた。

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