精霊の顕現

 都市の経営も軌道に乗ってきて、とりあえず問題と呼べるものはない状態になった。

 住民も1000人を超えて、住居区画がすでに3つ、食料生産区画は2つ、商業区画は2つ稼働している。

 最近冒険者ギルドの本部からギルド支部設置の打診があり、快諾したところだ。

 

「おーい、クロノ殿。仕入れなんだがな?」

 レギンがやってきて明細を差し出す。

「ふーん……ってまた蒸留器を作るの!?」

「この前新しい金属が精錬できてな、ここの冷却パイプに使えそうなんだよ。そうすると、蒸気を送り込むここの材質と太さを換えてみたくなってな……」

 僕の目配せに兵が一人そろりそろりと執務室を出ていく。

 レギンの長い説明を聞きつつ、時々質問を返す。そうやって話を長引かせていると……、どすッと何か鈍い音が響いた。

 レギンの肩越しに彼の背中を見ると、彼の尻に練習用の矢じりを外した矢がぶっ刺さっている。


「あqwせdrftybぬみ、お。p・@¥!?」

 レギンの声にならない悲鳴が上がり、背後には表情を笑顔で塗りつぶしたアリエルが弓を構えて立っていた。隣には、僕が合図を送った兵が笑顔でサムズアップをしている。

「不要不急の出費はまだ避けろってこの前言いましたよね?」

「いや、あの、その……クロノ殿、裏切ったな!?」

 涙目で僕を見上げてくるレギン。

「君の飲酒量がいけないんだよ……」

 うちの予算全体の1割も飲むとか何事ですか?

「レギン! ……遅かったか」

 アルバートが駆けつけてきた。尻に矢をぶっ刺したまま倒れ伏すレギンを見てすべてを察した。

「あら、アルバート殿。貴方は今兵の訓練のはずでは?」

「……是非に及ばず」

 無言でアリエルは弓を弾き絞り、放った。

 床に向け放ったアリエルの矢は、一度跳ね返って、斜め下からアルバートの股間を見事に射抜いていた。

 無言で倒れ伏すアルバート、力尽きたレギンのもとに少しでも近づこうと這いずった後に、その姿を目撃した兵がくっと目をそらす。


「ああもう、ここでダメって言ったら私が悪者じゃない!」

 アリエルが妥協案を出したところ、アルバートとレギンは即座に復活した。

「「よっしゃあっ!」」

 アルバートはまだ酒が一滴も入っていないのに、上半身裸になってポーズを決めている。

 レギンはどこからか取り出した酒瓶を天に向けて突きあげていた。


『クスクスクス、面白い人たちですねマスター』

「ああ、そうだね。かけがえのない仲間だよ」

『ふふ、マスターの人柄ですよ。人徳とも言いますかね』

「いやいや、そんなことはないよ」

 そう言いつつ、アリエルの課した苛烈ともいえるノルマに笑顔で立ち向かう彼らだった。仕事を終えた後の一杯は至福なんだろう。僕はお酒飲めない体質だからよくわからないけど。


 執務室を出て、自室で考えに耽る。

 そう、ここに来てからいろんなことがあった。そしてふと思い出すのは、きっかけになったあの少女のことだった。


『マスターの考えていることはわかります。あの子のことですね』

「あの子?」

『私の人格や名前は、おおもとになった少女のものなのです。クリスタル・コアの中の自らを投じた、チコ・チダの』

「なんだって!?」

『詳しい話は今は言えません。ですがこれを』

 僕の手のひらに一粒の宝石が現れた。

『それは彼女が最後に残った思念を焼き付けた、「ソウル・クリスタル」です。あの子の姿を覚えていますか?』

「ああ、もちろん。目に焼き付いてる」

『使い魔を作るのと同じです。エーテルを編み上げてその姿を作り上げるのです。そして、そのソウル・クリスタルを核にするのです』

 術式をイメージし、月下で微笑んでいた彼女をイメージした。すると小動物を作り上げるのとは段違いの強さでエーテルが吸い上げられる。

 手から宝石が浮かび上がり、僕の目の前で輝いた。

 エーテルが渦巻き、輝きと共に人の姿を形どる……ポンっとやたら軽い音がした。

 そして光が収まると僕の目の前にはあの晩の少女がいた。


 なんか、1/10スケールで。


「あたしはチコ。あんたと共にある者よ。コンゴトモヨロシク……ってどおおおおなああああああってるんのよおおおおおおおおおおおおおお!!」

 小さい体で全力で吠えるチコ。おそらく等身大で召喚されると思ていたんだろう。僕もそのつもりだったのにどうしてこうなった!?

『あ、これより私のことはチダとお呼びください。存在が二つに分割されてしまったようですので』

 まるっきり気にしていない様子で今までチコと呼んでいた存在がそう告げてきた。そして、ずどどどどどどどどという足音が聞こえてくる。誰かが僕の部屋に向けて駆けつけてくれているようだ。

 

 急激に濃密なエーテルが逆巻き、さらに弾けた。そのエーテルの集合体が僕の目の前にいる。事情を知らなければそんなふうに見えたのだろう。

「殿! 大丈夫ですか!」

 扉を蹴り破って入ってきたのは執務室にいたはずのアリエルだった。あ、そういえばカギ閉めてた。


「あ、アリエル、違うんd……」

 僕の言葉は最後まで言えなかった。

「かわいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 そこには小さな妖精さん。すなわちアリエルがチコを抱きしめてすりすりする姿があった。

「きゃあああああああああああああああああああ!」

 彼女、チコは盛大に悲鳴を上げ、それのよっていろんな人が駆けつけてくる。僕の部屋はすさまじい混乱に陥った。


「申し訳ありません……」

 執務室ではアリエルが床に正座して頭を下げている。なにやら東方の国で最大限の謝罪を示す儀礼らしい。

「いい加減にしてよね!」

 僕の顔の横ではチコがふわふわと浮かびながらふんぞり返っていた。

「それでですな殿、その面妖な御仁はいったい?」

 アルバートが代表して問いかけてきた。

「ふふん、あたしはね、全方位型万能お助け天使のチコよ!」

 なんなんだその名乗りは。若干頭痛を抑えつつ周囲を見ると、アルバートとレギンはよくわかってるんだかわかってないんだかうんうんと頷いている。

 アリエルは……目をハートマークにして素敵とかつぶやいている。

「クロノを助けてこの都市をもっと大きくするんだから。よろしくね!」

 笑顔でサムズアップするチコに、みんなは笑顔でうなずいた。

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