箱庭の英雄~滅んだ世界を立て直すために古代遺跡から始まる内政ライフ~

響恭也

歓呼の声

「なんでこうなった?」




 僕の眼下には人々が詰めかけていた。そこには老若男女、あらゆる種族の者が歓呼の声を上げていた。


「万歳! 我らがロードよ!」


「よくやった!」


「ありがとう!」




 その言葉はすべて俺に向けられている。市民は万歳と手を振り、兵たちは武器を天に向けて突きあげる。


 人々はみな笑顔だった。




『あんたがやったのよ。誇りなさい』


「ああ、けど実感はないんだよね……」


 声は僕の肩のあたりから聞こえてくる、僕以外には見えないクリスタルの球体。


 それはこの都市のすべての管理を司るコアの分離体で、自称「万能型全方位お助け天使」のチコというそうだ。


 たまに小さな妖精の姿になって姿を現すこともある。




「がははははははっ、殿!」


 酒瓶を片手に大柄な戦士が呵々大笑しながら歩いてきた。


「ああ、アルバート。今回は君のおかげで助かったよ」


「わははははははは、殿の采配に従って戦っただけですぞ? それに臣下の武勲は主君のものにござる」


「ああ、もう、その殿呼ばわりやめてほしいんだけどなあ……」


 ぼそっとつぶやくが、戦士長アルバートは大笑いしているだけだった。実は笑い上戸だったのか。


 普段は厳めしい顔をしているだけに、ゲラゲラ笑う姿には違和感すら感じる。




「アルバート殿。そこらへんにしておきなさい。殿がお困りでしょう」


「ん? ああ。アリエル殿か。今日くらいはよかろうに。めでたき戦勝の祝いゆえ」


 アリエルはエルフの女性だ。魔術師をまとめてくれている。エルフの賢者として、助言をしてくれる。今はこうだけど、実際彼女ともいろいろあったんだ。


「なにか?」


 ゆったりとした笑みを浮かべる姿は、出会ったころの面影すらない。


 何でもないと返そうとした瞬間、背後に人の気配を感じた。




「にゅふふふー! あー、旦那!」


 背中にふにゅんと何かが押し付けられた。それはリンゴほどのボリューム感をもって自己主張している。


 その行動と口調で俺の脳裏にはネコミミの少女が思いうかぶ。


「ああ、セリア。わかった、わかったから離れて」


 ネコミミではあるが、実は虎の獣人らしい。俺の護衛を務めてくれている。


 意見の相違を見せたときにアルバートを寸勁を使って一撃で沈めたこともあった。




 とある事件で知り合った時はこんなんじゃなかったんだけどなあ。


「うにゅー、にゅふふふー。だってうれしいんですニャ。旦那がついに本気になったからニャ」


 にぱっと笑顔を浮かべるセリア。背中にへばりつくのはやめてくれたが、僕の腕に絡みついている。肘には先ほど押し付けられた感触が再び襲ってきていた。


 何とか引きはがしつつ、ここにいない人のことを思い出した。




「あれ? レギンは?」


「彼の鍛冶師殿は真っ先に飲んだくれておりましたな」


 アルバートがジョッキを傾けながら答えてくれた。


 ああ、まあいつものことか。と思っていたら、ひげ面、樽のような体系のドワーフ族のレギンがやってきた。


「おう、殿のもたらしてくれたこの蒸留酒は素晴らしいですな!」


「飲み過ぎたらだめだよ?」


「わはははははは。酒はドワーフの最も近しい友じゃ」


 レギンは忘れてしまったのだろうか。最初にウオツカをあおってぶっ倒れたときのことを。




『クリエイト』


 呪言キーワードを唱えると、手にグラスと氷水が現れる。


「とりあえずこれを飲んで」


「うぬ? 氷水ですか……ほほう!」


 レギンの持っていたジョッキから濃いアルコールの香りがしていた。それをカパッと飲み干していたから、チェイサーを渡したんだけど、どうもその飲み方が気に入ったようだ。


 いつの間にかアルバートも手を差し出している。同じく氷水を顕現させて手渡した。




「っかー! 効きますな。そのあとにキンキンに冷えた水を飲むと……ップハー!」




 ガツンとアルバートとレギンがジョッキをぶつけている。


 その二人を見てアリエルはやれやれと肩をすくめていた。




 そんな個性豊かな彼らは、この都市ガルニアの領主である俺に付き従う臣下だ。




 耳元で電子音が鳴る。チコが具現化していた。


『いろいろあったわねえ』


「そうだね、この1年、本当に大変だったよ」


『ふふ、あたしを見てピーピー言ってたのに、育ったものだわ』


「そりゃね、死にたくなかったし」




「おう、チコ殿。飲みますか?」


『アルバート、あたしに実体はないから飲めないって前にも言わなかったっけ?」


「がははははは、そうだった。うわははははははは!」


『あーも、うるさい酔っ払いね。いい筋肉してなかったら消し飛ばしてるところだわ』




 なんかいつも通りのわちゃわちゃしたやり取りだ。ここしばらく忙しくてそれどころじゃなかったからなあ。




 こうして、僕はあの時のことを思い出していた。すべてが始まった日の事を。

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