残雪
higansugimade
残雪
大阪にも雪は降り積もった。アスファルトに黒く塊となって溶け切らずにそれは次の日にも残るほど。雪が降り続いたからというよりも気温が低かったからかも。「バリクソ寒い」その声が聞こえたようで、耳朶に残る。想像上の会話の時間の経過は確かに残る。濃密な近しさ。
辛い経験は解消しない、ただ忘れ行くだけ。教訓を引き出す人が偉いわけではない。経験や記憶にまみれて抜け出ない人が悪いと決めつけることもできない。過ぎ去ったのならもうそこにはない。雪が溶け切れずに残っているのを見て、昨日の雪の様を思い浮かべる、しかし、今日は雪は降っていない。大切な事実をどちらにするか。昨日のことに重きを置かざるを得ないという人の気持ちをないがしろにしない。でもそれは、もし、昨日の出来事に身体ごと引きずられているのであれば、悲しい現実の出来事に転じているのではないか。それは、愉快な人生とは言えないのではないか。
目の前にある雪の塊が仮にそのままを維持するならば、ぼくは決して愉快ではない。目の前の雪玉が溶ける様を思おう、きっと喜びを呼び起こすことが出来る。雪玉が凍りつき、または転がって巨大化する夢を見ること、そのような想像力の効力が、人をどこかへ連れて行ってくれるのだろうか。目の前の現象をおろそかにすることが危険につながる。よくわかっているつもり、だが微細な観察が正しいばかりじゃない。ただ観察は科学主義に沿っている。
寒い、とぼくは思った。温めるものが何もない。ぼくは身体を温めなければならない。缶コーヒーでも。自販機にコインを入れ、ホットのコーヒーを慎重に選ぶ。甘いものしかない。しかたがない。ぼくは手を温め、缶を開け、それを数回に分けて飲む。
これからどうしよう。
ぼくは一歩を踏み出すべきなのだろう。ただし、ぼくの進む先に雪が降るのなら避けるべきだ。
大阪は広く寝そべっている。ぼくは食傷気味だ。
缶コーヒーが美味しかった。人は温められることで励まされる。
大阪はまだまだ寒い。それにしてもこの寒さはいつまで続くのだろう?
缶を缶専用のゴミ箱へ入れる。回収に来た後だったのか仲間の缶は少ない。透明のゴミ袋は綺麗。周りにゴミは落ちていない。大阪は清潔だ。
前方の道路は工事中、 車は通れないが歩道は確保されてある。進むと先には人があふれていた。騒然としていたのは事故があったから。騒めきでそれが大きな事故であることを知った。
その後に電車に乗ったが電車は止まった。これも大きな事故だった。ぼくはやきもきした。
家に帰ってニュースを見ると飛行機事故である。世の中はかくも理不尽で、どうしようもない。
即時のニュース。その即時性にぼくの不安感はいや増すばかりだ。「人が人を刺すニュースでなくて良かった」とぼくは声に出して言った。とりあえず。
死体に雪は積もらない。きっと誰かが回収していくからだ。大阪は人に優しい。
大阪のどこかで雪が降り積もっている。小さな事故である。
残雪 higansugimade @y859
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