産まれた途端に周りの人は死を意識する。喜びと悲しみの根は一緒だ。
生まれた本人に意識が芽生えるのは測り難い。意識とは周囲の物事との綿密なやりとりと取り込み、それぞれの距離を測ったのちに総合的に生じる感覚であるように思う。
生まれた当人はなんといっても生にもがく。周りを掴み取らなければたちまち溺れ死んでしまうだけだからだ。
生を喜び、死を悼む。
通底する悲しさ、湧き上がる喜びは表裏一体だ。
生死は相応するもの、対立ではなくネガとポジだ。
この感覚を覚えない、あるいは、この感覚を下地に置かない作家はすべて眉唾ものと僕は見ている。それのない作家はただのパフォーマー、まともさを装う虚無出身の拡声器だ。
裏返せば、ここに至る道筋や、ここから出発して問題を拵える作家というのはすべて傾聴に価する。
その意味において、イ・ジェニ「夜明けと音楽」は収穫だった。とても良かったです、この本に出会えて。
図書館で借りた本だったので、今後手元に置きたいが、悩む。モノを増やさないと誓ったところだったのに! どうすんのよこの周りの本たちよ、という状況ではある。
しかし手元に置いておきたい一冊に出会えたな、と、一読、思っている次第だ。
「詩人」と名乗る人からは一歩距離を置く。読む際には重箱の隅を突きたい気持ちに駆られる。イ・ジェニさんの本もそのようなファーストタッチだった。ちなみにこの本はエッセィ集である。
やはり冒頭から思ったような文章が続く。繊細だがどこか傲慢な文章。妙な自信と不安が垣間見える、上下左右どこに曲がるかわからないナックルボールのような表現と文章で、正直さだけを(あるいは正直であるというパフォーマンスを全面に出して)伝えてくる。それとともにぼくの警戒心は高まっていく。しかし、シベリアのくだりからがっしりと心掴まれているぼくがいる。そこには生死の正しい感覚が表現されていたからだ。そして、ぼくは上に書き始めた感想を抱き、メモを取るのであった。「イ・ジェニは傾聴に価する作家である」ふふ、まるで文豪みたい。
それにしても、最近見知った書肆侃侃房の本はどれも素晴らしい。装丁や本の形もとても良い。構成も見開きのページのデザインも好感しかない。そんなこんなで、書肆侃侃房にはhigansugimade出版社賞を差し上げたい。いらないですか? 権威はまったくないが名誉はありますですよ。