ペントハウスにて

6時の一番列車を避け、6:03発の2番列車に決めた。

なぜそうしたのかは自分でもわからないが、3連休明けの一番列車が混むに違いないことは

想像に難くない。

少しでも混雑を避ける意図もあったかもしれない。

国電の駅までは少し距離があるため、今晩のうちに指定席は押さえず、明日、

出がけに切符を買えば良い。

自由席で行くことも決めた。


繁華街から2本の私鉄を乗り継ぎ、自宅へ着く。


約束の電話が架かってくるまで、まだ時間はある。

20時少し前。

ベランダへ出てタバコを吸う。

深雪は未だ帰っていなかった。

手短に、親父が倒れたこと、明日の朝一で飛ぶこと、容体が不明のため

少し長い帰郷になるかもしれないことを、伝えるメールを送信する。


最上階のペントハウス、深雪とわたしの月給を合算したところでなお、経済的には二人に不釣り合いな

豪奢な新築マンション。

もちろん賃貸物件ではあるが、10年落ちの中古車を停めるため、1階の屋根付きガレージも借りれば、

貯金など期待できるはずもない。

ちょうど1年前、結婚資金を貯めるのが目的と、深雪の親に嘘まで吐き、保証人欄に名前を連ねてもらい、

親公認の元で住み始めたマンション。

わたしの親へは事後報告のみで済ませていたのだが。


おまけに最寄りは特急こそ通過するが、朝夕には通勤急行が停車する、沿線の中ではそこそこの大きな駅、

そこから徒歩3分もかからないのだから、仕事場と家の往復しかしない私にとっては

この上なく都合の良い物件であることに違いはない。

遠くに見える高速湾岸線、その先の工場群、さらにその先には空港があり、時より離着陸する飛行機も見える。

その手前は小学校、スーパーマーケットやら家電量販店などの商業エリアが広がり、生活に不便を感じることは何一つとしてなかった。


今は3月も終わりに差しかかろうとしているわけだが、この豪奢な同棲生活にピリオドを打ちたい旨、

正月明け、3日の日に告げられていた。

私はとしては、到底納得行くはずもなく、なんとか考えを改めてくれるよう説得を続けていたのだが、

深雪の意志は今回ばかりは堅そうだったので、5月にはこの家を出て、寝床を探さなければならないとも

考えていた矢先、親父が倒れたわけだから、これを機に、なんとか深雪が考え直してくれないものか、

という思いも交錯する。


ベランダの手すりから身を乗り出すようにして、一階の駐輪場の様子を眺めてみた。

後頭部にポツポツと雨粒を感じたので、腕を伸ばし掌を空へかざす。

雨の匂いも感じる。

本降りにならないことを祈るだけだった。

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