3年ぶりの帰還
タクシーは、田舎の細い道を颯爽と走る。
対向車とすれ違うのさえ、結構ギリギリな道幅を躊躇することなくガンガン突き進む。
でも不思議と安心感がある。
これがプロドライバーというものなのか。
あっという間に見覚えのある、20棟が軒を連ねる住宅街の入り口に到着、
外は雨だしU字路に進入してもらって家の前にベタ付けでも良かったのだが、
近所の目もある。
救急搬送でなく、意識があるうちに自家用車で病院へ運んだというから、
既に死去したことは、隣近所に知れていないらしいし、入り口で降車した。
980円というから、千円札を渡し釣りも領収書も要らぬと伝え、トランクをコロコロ転がし
歩いた。
安物のトランクは、キャスターのアスファルトを滑る音がとてもうるさい。
インターフォンも鳴らさずに、玄関を開けると山岡家の主人、長姉の嫁ぎ先の亭主であり、
義理の兄だ、が出迎えてくれたのは意外だったので一声目に私の方から
「今日はお仕事だったんじゃないんですか?わざわざ申し訳ないです。」
詫びの一言がついて出てしまう。
玄関を上がると、学生服に身をまとった17歳高2の甥、15歳の新1年生の姪、
山岡の嫁、母という顔ぶれがあった。
私のスーツスタイル、あるいは顔じゅうに生えた無精髭などから総合的に
「北新地あたりに居そうな感じですね。」
ひょうきんでよく喋る、山岡の亭主が軽い冗談で歓迎してくれる。
甥も姪も、生まれたばかりの頃は、私も往来する機会があり、首の座っていない頃から
ミルクをあげたりしたものだが、すっかり大人びて思春期独特の無口を貫いている。
朝一に乗ってきたから、土産物屋も開いてなくてと言い訳半分、心ばかりの小遣いをやった。
「いつ来たの?」
長姉に問いかけてみるが自分に向けられたとは気づかなかったらしく、亭主の方がすかさず
応答してくれる。
「5時に着きました。」
そこから母親と、リビングのテーブルに対面で座り、5年半ぶりの会話が始まった。
・葬儀の日程は決まったのか。
・最期はどういう状況だったのか。
・それ以前に兆候はなかったのか。
ひと通り父の近況と、今後の予定の段取りについての話題。
日取りについては、季節柄、葬儀場もフル稼働状態であり、すぐに執り行うのは難しく
昼頃に葬儀屋が来るのでそれから相談になるという。
父の最期の様子としては、3日前から体調を悪そうにしていたが頑固者で偏屈な性格もあり
母から病院へ行くよう促されても「うるせぃ!」と一喝し中々行かずにいたという。
そして、一昨日の夜、家の中で倒れたがそれでも自力で立ち上がり「大したことはない」
強がったという。
ついぞ、次姉は同じ市内の車で10分の距離に嫁いでいるので、義理の兄から
「私が車を出しますから」と促され、渋々夜間病院に送り込まれたという。
その時点では意識もしっかりとしていたらしいのだが、診断は肺炎、敗血症も併発しており
絶対安静を命ぜられた。
最初に私に連絡が入ったのは、件の初期診断から約24時間後でその時点では、今すぐどうこう
という話ではなかったが、深夜1時過ぎに容態が急変し、力尽きたという。
たった9時間前の出来事だというのに、遠い昔の想い出話を聞いているような感覚を覚える。
しかし、最期の看取りに自分は一切関与せず、義兄を巻き込んでしまった事に
とても申し訳ないという気持ちが心底から湧いて来る。
「岡田さんたちは?」
次姉一家の事だ。
「葬儀屋が見つかって、遺体を運んで行ったのが4時くらいだったし今頃、家で疲れ果てて
寝てるんじゃない?」
「そしたら、自分だって寝てないのでは?」
その一言を引き金に、私の背に位置する和室の炬燵で一家団らんの雰囲気を醸している、
山岡一家に聞こえないよう、ひそひそ声で事の顛末を母が語り出す。
昨晩、私に最初の一報が入ったのと同時に、山岡へも一報を入れた。
しかし、長姉である山岡の嫁は、父と折り合わない部分が私と同じようにあり、
それが原因かは知らぬが、まだ生ある一報の時点で、病院へ行く事を拒んだという。
その時点で母としては、怒りがわいていた。
最初の一報の時点で帰郷を即断した私を引き合いに出し、
いくら過去のわだかまりがあろうとも、親子ならそれが当然であろうと。
そのような考え方であるなら、死に目に会えなくても良いなら一生来るな
とまで酷い言葉を浴びせてやった、と高笑いしている母だった。
私は父とは折り合いが悪かったが、母とは比較的普通に接していた。
長姉は、父とも母とも折り合いが悪い。
次姉だけが唯一、すぐ近所へ嫁いだということもあり、頻繁に行き来し両親とも
良好な関係を築いていた。
そして、長姉へ2時過ぎの訃報を伝えた。
山岡家は、隣県に居住しているので1時間で準備をして高速を飛ばし
5時過ぎに着いたというわけだ。
母の愚痴は止まらなかった。
「葬儀屋へ引き渡したのが4時だから、帰ってきてやっと寝れると思っていた所に
家の周りをガサゴソする音が聞こえて何かと思って様子を見に下りたら、
山岡一家が来てたのよ。」
確かにそうだ、2時に訃報を受け取ったのであれば、その時点で即出発を決め込むより
翌朝あらためて出発する方が得策であろう。
臨終後に、深夜高速を飛ばして来る意味もよくわからない、母に同意をした。
そこでカノンが鳴り、イエデンの着信を知らせる。
母が応対しているが、どうやら葬儀屋からのようだ。
洋間の椅子に腰掛けている私の背の和室を振り向き見ると、4人それぞれが、
スマホに夢中になっている。
長姉だけは時々鼻をすすって目を真っ赤にしている事を除けば、近代家族の
団らん風景をそこに見た気がする。
ふと思い出したように、タバコを吸いたくなった。
品川と東京の駅間で吸ったのが最後だったから、2時間は吸っていない。
極度に気が張っているから、タバコに気が回らなかったのかも知れない。
ついでに酒も飲みたい。
とりあえず、洋間の窓から庭へ出て吸い付けたところで、内ポケットから
ガラケーを取り出しフリップを開くと、深雪から20分前に着信があったと気づく。
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