Rain maker has gone to fly in the sky!

最寄りの私鉄駅から、始発でターミナルまで向かう。

始発の時間帯は緩行しか走ってないので、途中駅での急行接続もない。

いつもなら急行で4駅ほどのため、ターミナルまでの緩行は

体感で乗車時間が二倍にも三倍にも伸びてしまう。


始発に乗ると、こんなに多くの人たちが、こんな朝早くから

一体どこへ向かうのだろうと不思議に思う。

もちろんその風体からは、これから仕事か、反対に夜勤終わりの

会社員などなど、といった所ではあるのだが。

未だ日の出前で真っ暗だから、車窓からは何も見えない。

車窓というより、もはや真っ黒い四角形にしか見えなくもない。

夕べから降り出した雨は23時頃から本降り、今はまさに土砂降り、

雨粒が横殴りにコツコツと音まで立て吹き付けているから、

辛うじて車窓とわかる。


車内は私が乗車した2つほど先の駅から立ち客が出るほどの、混み具合。

暖房が効いており、結局一睡もしなかった身体を温めてはくれるのだが、

不思議なほど眠気はやってこない。

昨日は同時間帯に起床したから、丸24時間連続操業になる。


きっとこの後も、通夜葬儀の準備やら、会葬に訪れるあらゆる人たちの接待諸々、

眠ることのできない状態はしばらく続くであろうから、今のうち、

少しでも休んでおきたい気持ちは、もちろんある。

しかし頭の中の血流が人肌よりも少し高い温度で巡っている気がして、

風邪で熱っぽいのかと思い、体温計で測っても35度7分といつも通りの低体温。

熱は無いが、25時過ぎに訃報が届いてからずっと腰から下にかけ寒気が走って、

3時過ぎに寝るのを諦めた。


それまで荷造りをする気に一切ならず、ほぼ30分置きに缶チューハイを空けては

ベランダへ出てタバコを灰にした。

訃報が届いてからも、自身で涙と認識できるものは溢れて来なかった。

寝ないと決めことで山が動いたのごとく、シャワーを浴び、荷造りを開始した。

荷造り中も缶チューハイを空けるペースは一定だった。


困ったのはこの気候である。

一週間、長ければ10日ほどの日程になるから、下着や靴下の類は

タンスの中を空になるまで詰め込めば良かったが、着る物をどうすべきか。

今夜は雨が降り、冬へ逆戻りしたように寒いが、その後は春本番の陽気が

やって来るかもしれない。

一寸迷ってどちらにも対応できるよう、ディープウィンターのダウン物など省き、

クローゼットを空にすべく、無心で7泊用の特大のキャリーケースへ全て

詰め込んだ。

その上で旅程に着る服も、喪に服す感のある地味目が良いのか、

あれやこれを悩んだ末、ピンストライプのスーツに決定した。

コートは羽織らずに、ノーネクタイでマフラーを巻くことにした。

コートなしでは寒いかもしれないが、あいにくスーツに合わせる

スプリングコートを持っていなかったから。


深雪は結局帰っては来なかった。

23時過ぎに、父の容態伺いの電話があり、その時点では命の別条が無いこと、

しばらく家を空けることを話した。

こんな時に側に居てあげれんくてごめん

そうとだけ、力のない言葉を振り絞ってくれる。


週2ほどしか自宅へ戻らない状態が、2月頃から始まった。

今日に限った話ではないのだが、どこで何をしていて、どのような理由で

帰らないのか問い質すことを、私は一切しなかった

ただ、この先別れありきだとしても、一つ屋根の下に暮らす以上、

お互いの身の安全は確かめあうべきと私は主張をした。

それからは、外泊日の3回に一度ほどは嘘か本当か、実家に泊まる、

女の友達と朝までカラオケに行く、などの短文メールを寄越してくれはした。


緩行でようやくターミナルに到着後、国電の自販機で2番列車の指定があるか

確かめる。

案の定、全て×で埋まっていたので自由席で発券した。

ここからさらに、国電の緩行を一駅乗る必要がある。

時間が早いせいか、エスカレーターも停止していたため、諦めて階段を一歩ずつ

踏みしめる。

7泊用の大きなキャリーケースを担ぎ上げると息が上がる。

上りきった所で、緩行一駅進むための電車は20分後にしか来ないことを知らせる

電光掲示板が私を出迎えてくれる。


20分も待つなら別料金にはなるが、地下鉄でという選択肢もあったことが

一寸悔やまれる。

もし未だ息を引き取っていなければ、タクシーで飛ばしたかもしれない。

臨終した今、一刻を争っても特別大きな意味は持たない。


根が過ぎたことを悔やまない気質のため、次の瞬間には、喪主は誰が務めるのか、

通夜告別式はいつおこなわれるのか、それ次第で私が戻る予定も変わってくる。

葬儀準備諸々のことに気が向いていた。

ホームの端に先頭で並んでいると、土砂降りの雨の残り粒が屋根を掻い潜って

私の頬をほんのり湿らした。

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