ノンストップ
コミックボンボン、坂道ころころ、
「次はいつ逢えるのかな?」
「んー、いつだろう・・・」
「じゃあ、20代最後の日にしようかな。」
「えー」
言って瞳をしばたかせながら、ようやくと顔をあげてわたしの顎のあたりに
なにか美味しそうなスイーツがぶらさがっているかのように、視線を注いでくる。
ホテルを出てからは、トボトボ歩きつつふたりとも地面しか見ずにボソボソとした会話をそれなりに
楽しんでいた。
「誕生日、来月なんだろ?」
4月15日、それは前回会った時に聞き出していた。
仕返しにつむじのあたりに30cmほど上から視線を振り下ろして低く言う。
あと20歩ほど歩けば、事務所の入る、言うなれば風俗タワービルの前に帰着してしまう。
「えっ、覚えていてくれはったん?」
今度はわたしの目線を外さないで、ちゃんと見てくれる。
そんなに見上げていては首が疲れないか、おもんばかった。
「この前逢ったときに教えてくれた。」
そう、あれは父親の入院の知らせが届く直前にこの女を初めて
指名したときのことだった。
ラスト5歩というところで、お互いの牛歩がピタリと止まる。
「そうだそうだ、いっけねー。これ渡しておくよ。」
言って肩から掛けたメッセンジャーバッグを手繰り寄せて、中から会葬御礼の葉書を
抜き取り、渡してやる。
「危ないからこっち来て。」
後ろから苛立ちを滲ませながら忍び寄っていた、白のAMG C43にいち早く気づいたらしく、
手を引いて歩道の自販機前にわたしを誘導してくれる。
後ろからの刺客をやり過ごしたあとで、
「なにこれー?お兄さんの名前?」
ただの白い四角い一枚の紙なのに、なにかとてもありがたいもののように瞳をしばたかせ、
まじまじ見つめながら言ってくれる。
某かの質問が飛んでくるとおもいきや、ただひたすら、白い四角い紙を見つめている。
そこに書かれている文字が、宇宙人から届いたメッセージかなにか、とても珍しいものであるかのように。
喪主として本山秋吉、私の名前が入っている。
喪服を着た女に萌えがちなのは、喪服が死を連想させるので種族保存の本能に
働きかけるからだ、何かの雑誌かポルノ小説だかで読んだ記憶がある。
葬儀を終え、帰阪したら真っ先にこの女をもう一度指名すると自分に誓っていた。
この場所でこの女に会うことが、今の私の生を証明する唯一の方法のような
気がしていた。
実に馬鹿げた話ではあるのだが。
12時過ぎの新幹線で帰路に着き、15時に予約を入れておいた。
前日の夜に。
荷物についてはキャリーケースは宅配便で自宅宛に送り、必要最低限の物を
メッセンジャーバッグに押し込み、身軽な状態で帰還したのだ。
別にこの場を一刻でも早く立ち去りたいとか、そんな風にはおもわなかったけれど、
白昼堂々、この場所に数分でも立ち止まることに幾ばくかの抵抗を感じる。
やはり場の空気というものがそうおもわせるのだろうか。
早く事務所のほうへ送り返してやらなければ、という気がしてくる。
「じゃあさ、誕生日はいつなの?」
「ん?来月15日。」
ようやく、宇宙人のメッセージを読み解いたのかどうかはわからないけれど、
顔をあげて、にっこり微笑んでくれる。
「じゃあ、来月14日だな。つぎは。」
「14日?あー、誕生日の前の日だからってことね。」
これまで、話の前後の脈絡からわたしの言わんとすることを大体察してくれているような気がしていただけに
この間の悪さがなんとなく気がかり。
そしてまた、メッセージカードのほうに視線を落とす。
とてもありがたいものを受け取って、あまりにうれしいので何度も見返してしまう、
というよりは、本当になにか今まで見たことのない、初めて目にするものを思考しながら眺めているような
そんな印象を受けた。
「そう、じゃあまたね。ありがとう。」
自分から言って、後ろへ二歩さがったりつつ、
「ありがとう!」
手をひらひらとふり、そのままさらに四歩さがる。
ようやく、物珍しいものから視線をあげてニコッと微笑んでくれる。
「またねー。バイバイ。」
「お兄さん、またねー。」
手を振り返してくれたのをきっかけに、後ろ歩きをやめ、踵を返す。
「バイバーイ。」
最後の声を背中に受け、14歩くらい歩いたところで、左に折れる。
折れ間際に、もう一度振り返ったほうがいい気もしたが、右前に見える、高速の高津入り口を駆け上がっていく
先刻の刺客、白いAMG C43に視線を奪われて惰性で曲がってしまった。
あとは生玉神社の交差点まで長い下り坂を何も考えずに、転がり落ちていけばいいだけだった。
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