第105話 学校一の美少女への決意
斎藤の家を出て帰宅した俺は、すぐに自分の部屋のベッドに飛び込んだ。
「ああああ、死にたい………」
枕に顔を押し付けながら呟く。さっきまでの斎藤の会話を思い出して、もう死にたくなった。話しているときはなにも思わなかったが、斎藤と別れて冷静さを取り戻すと、さっきまでの自分の発言の数々が蘇ってきた。
『隣で笑っていて欲しいと思っている。……俺の彼女として』
馬鹿なの!? なにを口走っているんだ俺は!? もっと他に言い方ってものがあっただろ!
冷静に振り返ってみると自分の発言があまりに恥ずかしく、今すぐ消えてしまいたかった。
悶えそうになるほどの羞恥にごろごろとベットの上を転がり動く。動いていないともう耐えきれそうになく、しばらくの間ひたすら転げまわった。
「……はぁ」
やっとのことで落ち着いてきて枕から顔を上げる。苦しかった呼吸が楽になり、新鮮な空気が胸に広がった。
羞恥のせいで火照った頬はまだ熱いが、さっきよりは幾分かましだ。もう一度だけ息を吐くと、さらにさっきまでのことを冷静にとらえられるようになる。
「……斎藤と付き合い始めたんだよな?」
未だにはっきりとした実感が湧かず、一人呟いてみるがやはり現実味はない。ただ、斎藤が俺の彼女、というのは、それだけでなんとも言い難いほどにむず痒く、妙に高揚感があった。
「田中くんのことが好き」と言った斎藤の言葉が蘇る。薄々斎藤の好意に気付いていたとはいえ、やはり直接言われるのは違う。素直にとても嬉しい。自分の好きな人が自分のことを好いてくれていることがどれほど幸せなことなのかひしひしと噛みしめた。
勢いのままに告白して付き合うようになったものの、本当にこれでよかったのだろうか? と思わなくはない。
覚悟をもって斎藤と向き合うと決めたからこそ告白したが、俺に出来ることなんて限られているし、斎藤を助けられる保証はない。力になれないことも多々あるだろう。
それでも、斎藤の隣で彼女を支えることが出来るようになった今の立場というものに、後悔はなかった。見て見ぬふりをせず、手を貸してあげられる。歯がゆい思いをせずに手を貸せる。それだけで十分、告白した甲斐があった。これからも助けていくとしよう。
今一度覚悟を決めて、ベッドから起き上がる。そのまま台所へと足を運び、水を一口飲んだ。
「はぁ」
高ぶっていた気持ちも幾分か落ち着いてきた。熱くなった体に冷えた水が心地いい。こくりともう一度飲む。
斎藤が抱えるもの。知りたいと思っていたもの。それを斎藤は打ち明けてくれた。薄々察していたとはいえ、やはり直接本人の口から聞くとその事情の重さを窺い知れる。
過去に起こったことは変えられない。それがあっての今の斎藤なのだから、それを忘れろなんては思わない。ただ、過去にとらわれないでちゃんと前を向いて欲しかった。悲しいこと以外にもいいことだってあるんだと知って欲しかった。
そういう意味であんなことを言ったのだが、少しは伝わったのだろう。最後の微笑みからそれだけは分かる。
「俺もなにか教えた方がいいか?」
ずっと秘めていたものを斎藤は教えてくれたのだ。俺だけが彼女の秘密を知っているのはフェアじゃないような気がする。斎藤が教えてくれたのだからこちらも教えるのが筋だろう。
だが、なにか斎藤に話していないことがあっただろうか? 斎藤ほどの秘密となるとなかなか思いつかない。そこまで考えたところで一つ斎藤に隠していることを思い出した。
(バイトのこと、そういえば話してないな)
斎藤とはあれこれ話してきたが、バイトのことについては打ち明けていない。最初のころはそれほど親しくなく曖昧に誤魔化したので、そのままにしていた。
だが、今は信頼しているし、斎藤が誰かに言いふらすような人物ではないことも分かっている。それなら話しても問題ないだろう。斎藤の抱えていた秘密ほどではないけれども。
斎藤は家族について話してくれたし、俺も一つバイトをしている秘密を話してみようか。
【7/1発売】俺は知らないうちに学校一の美少女を口説いていたらしい 午前の緑茶 @tontontontonton
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