7-6

 忍が東京へ旅立って数週間。


「店長、寂しくなりましたね」

「ええ」


 平日の午前九時過ぎ、開店前のまほろば堂にて。

 店主とメイドは顔を見合わせ、しみじみと言った。


「『まあ、ちょいちょい帰って来るって』とは言ってましたけど……」


 望美がそう呟いた刹那、表の扉がガラリと開いた。

 暖簾の向こうから「ただいま」と声がする。


「えっ、ただいまって。忍さん、まさかもう帰って来たの?」


 望美が驚く。しかし様子がどうもおかしい。

 そもそも声が違う。ハスキーボイスの忍に対して、もっと鈴が鳴るような綺麗な声だ。

 しかしその声質は、どこか忍と似たところがある。


 暖簾に映ったシルエットからすると、身長は165センチぐらいだろうか。

 女性としては高めだが、長身の忍よりかは5センチばかり低い。


「店長。もしかして、忍さんのお母様かし……ら?」


 真幌が完全に硬直している。


「店長?」


 目が点だ。口もあんぐりと開けたまま。まるで時間が止まったかのように。

 その女性が忍の母ならば、無理もないと望美は思った。真幌は妻の美咲が他界して以来、中邑家とはずっと絶縁状態なのだと忍から聞かされていたから。


 にしてもである。いつもは何事にも冷静な真幌が、こんなにも動揺する姿を見るのは始めてだ。


「てん……ちょう?」


 倉敷帆布の藍染暖簾を掻き分け、声の主が入店する。


 女性だ。

 年齢は二十三歳の望美と同じぐらいだろうか。

 しかしその美しさは、自分とは圧倒的に異なると望美は率直に感じた。


 長いストレートの黒髪に透き通るような白い肌。

 人形のように整った顔立ちだ。


 病的なまでに細い肢体。

 レースの白いワンピースとつばの長い帽子を纏っている。

 忍も美人だが、更にその上を行く麗しさだ。


 望美は「ま、まさか⁉」と唸った。


 その来客の麗しき顔には、望美にも確かな見覚えがある。

 忘れもしない。以前、忍のスマホの画面に映っていた女性だ。


 例えるならば、花水木ハナミズキの可憐な白い花。

 その女性は六年前に他界した筈の――。


「ただいま――」


 蒼月あおつき美咲みさきだった。


(了)


【初稿:2020年 春/執筆期間:約1ヶ月】


※シーズン3で完結予定です。最後まで読んで頂きありがとうございました。


 光明寺祭人






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冥土の土産屋『まほろば堂』2 ~藍染着流し店主の謎解きおもてなし 祭人 @kurenaikou

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