7-5
「あ、いらっしゃい忍さん」
平日の十二時前。忍はランチを取りにまほろば堂を訪れた。
ブラックのヘルメットを手に、黒ずくめのスタイリッシュなライダースファッション。いつもの様相だ。
「ねえ望美、真幌は?」
「いつもの調子で、外出中です」
茜色の和装姿で、メイドの
「ったく、あのクソガキったら。また調子に乗っちゃって」
クソガキとは義弟のことではなく、ペットの黒猫マホの方だ。
いつもの調子でマホは、まほろば堂の店主であり飼い主の
ふと忍は店内から表に目をやる。
すると道端には猫一匹の猫の姿が。
「みい」
猫はじっと店内を見つめている。
黒猫マホが帰宅したのかと思いきや、毛色は純白だ。
「おいで、おいで」と忍が言うと、その白猫はぷいと踵を返し、店頭を後にした。
「望美、あの猫は?」
「ええ、最近よく店の周辺で見かけるんですよ。綺麗な白猫ちゃんですよね。赤い首輪をしてるから野良ではなさそう。案外マホくんのガールフレンドだったりして」
――ははあ。さてはあれが例の白猫ハナか。
忍は心の中でニヤリとごちた。
「とりあえず、いつもので」と言い、忍がカウンター席に座る。
望美は「はい、まほろばランチですね。少々お待ちください」と元気よく返事すると、暖簾の奥の厨房へと引っ込んだ。
「望美も、すっかり
まるで妹の成長を見守るような口調で呟きながら、忍はまほろば堂をしげしげと見回す。今日は、ちょっと感傷モードだ。
先日、忍は芸能事務所の社長である旧友の楓から、スカウトの誘いを受けた。東京で美人
忍のエキゾチックで年齢不詳な美貌。それにズバズバ衣着せぬ物言いが、バラエティ番組のご意見番などにピッタリなのだと楓は言っていた。
『おかげ様で、ドラマや映画関係は好調なんだけど。うちは人材的にバラエティが弱いから。昔のよしみで力を貸してよ、忍ちゃん』と付け加えて。
芸能生活に未練はない、と言っては嘘になる。
岡山は県民性からか、内向的でお祭り騒ぎが苦手な人が多い。活発な自分の性格には合っていないなと、子供の頃から感じていた忍だった。
東京でのタレント活動の方が、彼女にとっては水に合っていたのだ。
そんな忍が地元に帰って来たのは、家族の為だった。
六年前。実の妹である
しかもその弟は忍の両親から、大事な娘を死に追いやった張本人と責められ絶縁されてしまった。
当時の忍は、地元の家族の事が心配でしょうがなかった。
そこで一旦、順調だった芸能活動をストップ。実家の状況が落ち着くまでと、東京のマンションを引き払い、倉敷へと戻って来たのだ。
結局そのまま、ずるずると現在に至っている。
「はい、お待たせしました」
忍の座るカウンター席に、日替わりまほろばランチを望美が差し出す。
本日は、ママカリちらし定食だ。ママカリとちらし寿司をミックスさせた、望美の創作メニュー。いずれも岡山名物である。
「いただきます」
忍が、ぱくりと頬張る。
「うわっ、むっちゃ美味いじゃん! ていうか、このトッピングのマヨネーズが絶妙だわ」
「マヨネーズはお酢と卵が原材料だから、お寿司には意外と合うんですよ」
「へえ、さすがは料理上手ね」
感心しながら、ママカリや酢飯を次々と口に運ぶ。
店の方は、もう大丈夫そうだ。望美が、しっかりやってくれている。
店主とメイドの二人三脚。まるで妹が生きていた、あの頃のように。
後は、父が体を悪くして入退院を繰り返しているのだけが心残り。
だけど傍にいても、何もしてあげられない。母に見舞いの役目を頼って、自分はせいぜい留守番するぐらいしか能がない。それに日増しにやつれていく父の姿を見るのも、正直辛い。そんな状況が歯がゆい忍だった。
真幌と望美の仲を、忍は密かに応援していたりする。
しかし望美が正規雇用されて、この春でもう一年にもなるのに。ふたりの恋の契約の方は、なかなか進展しそうにない。
ふたりとも、そっち方面に不器用な
最近思う。むしろ自分の存在が、お邪魔虫なのではないのだろうかと。
義理の姉である自分が近くいると、どうしても真幌は生前の美咲を思い出してしまう。望美の方だって、そのせいで色々と遠慮してしまっている筈だ。
妹が他界して満六年になる。
つい先日の年末に七回忌の法要も済ませたばかりだ。
真幌は美咲に対して、これまで充分過ぎる程に誠意を持って喪に服してくれた。
だから、もう過去に縛られる必要なんてない。
だから――。
◇
後日、昼営業の閉店間際のまほろば堂。
「「いらっしゃい、忍さん」」
店主の真幌とメイドの望美がユニゾンで出迎える。
「珍しいわね、ふたりお揃いとは。丁度良かったわ」
「えっ、良かったって?」と真幌。
「何がですか、忍さん?」と望美が続ける。
忍はいつになく爽やかな笑顔を振りまき、ふたりに言った。
「アタシ、しばらく東京に戻ることにしたから」
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