『表現すること』への大いなる挑戦に、惜しみない称賛を。

すべてが素晴らしい。
まさに、このような作品こそが高く評価されて欲しい。

「君の手首に傷を見つけたあの日から、俺の情けない恋は始まった――」というキャッチコピーからもわかるように、主人公の男性が自傷癖のある女性に恋をする様子を描く作品である。

こんなふうに書くと、「メンヘラを馬鹿にしないで!」と怒る人や「精神的な病をネタにするなんて不謹慎だ」と顔をしかめる人もいるかもしれない。
あるいは「そういう題材の話ってどれも似たようなものばかりだよね」とスルーする人もいるかもしれない。

しかし、そのすべてを否定させていただきたい。

主人公目線で描かれた作品ということもあって、作中では主人公の心情や欲望がまっすぐに吐き出されている。
決して隠すことなく、誤魔化すことなく、お茶を濁すでもなく、オブラートに包むことすらせず、ただただ愚直に突き進んでゆく。

その生々しさはあまりにもリアルで、書こうと思って書ける文章ではないとすぐに気付かされる。
そればかりか、味わい深い文学作品を読んだかのような読後感さえある。
――そう、これは一種の文学だ。

また、ヒロインの扱いに対してもある種の敬意や丁寧さを感じた。
たしかに、物語の序盤から中盤にかけては主人公の妄想によってヒロインが徹底的に貶められるシーンが続くが、作品を最後まできちんと読み通せば、ヒロインが一人の人間として尊重されていることがわかる。

……というわけで、こういった題材の作品はスルーしがちな方にも、ぜひ読んでいただきたい作品です。
(ただし性的な描写がガッツリあるので、苦手な人はご注意を。)


さてさて!
堅苦しいことばかり書いちゃったけど、作品自体はとっても「わかりやすく」「読みやすく」しかも「面白い」。

作者である飛鳥休暇さんは、とても文章がうまい。
臨場感や迫力があり、「それでそれで? どうなったの!?」と続きが気になり、グイグイと読まされる文章だ。
ダラダラと無駄な描写をせず中身が濃いという点も魅力的。

物語の冒頭では、地味なヒロインについて描かれている。その描写は「説明」というよりは「観察」と言った方が正しい。
読者としては「なんで地味なキャラをこんなに描写するんだろう? このキャラに何かあるのかな」と気になってしまう。

実際、主人公はヒロインのことを「気になっている」わけだが、最初はやんわりとした興味だったはずなのに、それが徐々に深まり、あげく他愛もないきっかけで落ち、やがては執着するようになってゆく。
その過程は嫌というほどリアリティがあり、目が離せなくなってしまう。

主人公の行動はどこか変態じみている。
妄想をしてみたり、ヒロインにちょっかいを出してみたり、あの手この手で近付こうとしてみたり、進展があったと勝手に思い込んだり。

それなのに、なぜか共感してしまう。
たぶんそれは、自分の中にも「心当たり」があるからだ。
誰しもが、多かれ少なかれ似たようなことをしているのではないだろうか、という気がする。

そして、主人公の脳内妄想での奔放さと、現実での及び腰。
この落差にもまた「心当たり」があり、どうにも共感せずにはいられない。

物語の構成として、個人的には居酒屋のシーンが興味深い。
主人公が友人に、メンヘラについての意見を求めるシーン。
読者からすると「やっぱりメンヘラって一般的にはそう見えるよね」という確認の意味を含んでいるようにも思える。

しかし、なぜか逆方向にスイッチの入る主人公。
ヒートアップする展開に、ますます目が離せなくなる。
そしてタイトルの意味を知ったとき、今まで自分が読んできたものは「まさにタイトル通りの景色に過ぎなかった」ということを実感させられる。
まさに物語が「作品」として完成したことを感じる瞬間だ。

「小説」や「表現」といったものに正面から向き合っている人にしか書けない作品だと思う。
表現することへの大いなる挑戦に、惜しみない称賛を送りたい。

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