午前三時の小さな冒険

達見ゆう

夢と知ると「振り出しに戻る」気分となる

 私はふっと目が覚めた。

 手元のスマホを見ると午前三時ぴったりを示している。


 確か、お取り寄せの晩酌セットが届いて、日本酒と肴を堪能したあと、ベッドにごろんとしたのは覚えている。どうやらそのまま寝落ちしてしまったようだ。


 口の中が変に酸っぱいのは歯磨きをしていないせいだ。そういえばメイクも落としていないためかなんとなく顔がベタベタしている。また四時間後に起きて支度するのはわかっているが、やはり歯磨きしないと気持ちが悪い。私は眠気をこらえつつ、立ち上がり、洗面所まで歩き、洗顔をして、歯磨きを終えた。あとは寝直すだけだ。


 と、言うところで目が覚めた。手元のスマホは午前三時ぴったり。どうやら目覚めた瞬間に再び眠ってしまって夢を見ていたようだ。


 夢と知ると振り出しに戻ったような気分だ。損したような微妙な気分になりながらも今度こそはと立ち上がる。夢ではないのは暗闇の中で壁に手を当てながら移動する感触、洗面台の蛇口の感触、水の冷たさ、クレンジングの泡立ちやすすぐ時の爽快感。リアルに感じるから夢ではな……。


 と、言うところで目が覚めた。手元のスマホは午前三時ぴったり。どうやら今のも夢だったようだ。


 ここまで来ると疑心暗鬼になる。あんなにリアルな感触だったのに夢だったなんて。しかも二度も。今度は行動パターンを変えてみよう。まずは冷蔵庫に向かう。開けた瞬間に冷気が顔に当たる。夢ならここまで冷たくはないはずだが、先ほどのこともあるから油断はできない。


 よし、水ではなく牛乳を飲んでみよう。パックをつかみ行儀悪いが直に飲む。牛乳の味と香りが口の中に広がる。よし、夢ではない。今度こそメイクを落としに洗面所へ向かい、蛇口の感覚を確かめ、水の流れを感じ、クレンジング洗顔フォームを泡立て、顔に泡立てていく。この感触、今度こそ夢では……。


 と、言うところで目が覚めた。手元のスマホは午前三時ぴったり。またも夢だったようだ。


「くわーっ!」


 同じ夢、しかもあんなにリアルな感触の夢を三回も見る。ここまで来ると振り出しに戻るなんてものじゃない。私はいらだって飛び起きた。


 これはもしや夢ではなくて、オカルトなアレ、つまり幽体離脱というものではないだろうか。ならば物に触れたのも冷気や匂いを感じたのも説明がつくかもしれない。でも、なんかの拍子に生身の肉体に引き戻されるから現実には歯磨きもメイク落としもできていないだけで、私は幽体で洗面所へ移動して一連の行動をしていたに違いない。


 では、今のこれも夢ではなくきっと幽体。ある意味現実なのだが、意味がない。これは困った。このまま諦めて肉体に戻って眠ってしまうのが早いような気がするが、幽体離脱なんて初めてだし、なんだかもったいない。


 そうだ! 幽体ということは他人の目には触れない、つまり普段ならできない冒険ができる! 突如ひらめいたアイデアに私は高揚した気分となった。

 大声でアニソンを歌っても他人に聞こえない! いや、真夜中に全裸になって街の中をスキップをするというド変態な行為も今なら堂々とできる! 今夜は初夏並の陽気だったから全裸でも寒くない。いや、幽体なんだから寒くても風邪ひかない!


 よし! 幽体なら怖いものは何もない! 私はそう思うとウキウキとした気分となって全裸になると外へ飛び出し、真夜中の住宅街の中でスキップを始めた。

 新聞配達の人と目が合ったような気がするが、こちらは幽体だから見えないはず。ぎょっとした顔だったのは霊感ある人だったのかもしれない。まあ、幽体とはいえ、アラサーの色気ない全裸を見てしまったのは気の毒かも。

 いいや、気にしない。今の私は冒険者だ!


「ヒャッホー!!」


 三十分後、私は公然わいせつ物陳列罪の現行犯で逮捕された。


「まさか、現実だったなんて……」

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午前三時の小さな冒険 達見ゆう @tatsumi-12

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