<ノーブラッド編>第四話 V
またしてもありえない光景を目の前に、さすがの男も動揺し始める。大きく目を見開き、額には脂汗がにじんでいた。
先程のパチンという音の正体は、紅白のスナップの音だった。紅白が指を鳴らした途端、男の雷は消え去った。となれば、紅白が何かをしたのは間違いない。しかし、振動操作の能力でどうやって雷を消すことができるだろう。
今の状況で考えても仕方がないと思ったのか、男は動揺を振り切るかのように一度目を瞑った。そしてもう一度目を開き、先程までとは明らかに違う瞳で、紅白を見つめる。
男と紅白の距離はそんなに離れていない。男は紅白に瞬時に近づき紅白の胸に手を当てる。ゼロ距離の放電。紅白に触れた右手に紫電がほとばしる。
ドンッ!
「……………」
落雷というものは、大規模なもので十億ボルトにもなると言われている。そんな電撃をゼロ距離で撃たれれば、命など一瞬で消えていくだろう。
だが、紅白は眉一つ動かさずにその場に立っていた。その眼は、確かに男を捉えている。その視線に、男は一瞬にして背筋が凍った。もはやわけがわからなかった。全力の電撃が全く効いていない。そんな化け物が、今自分を見ている。そんな恐怖から、男は無意識のうちに後ずさりし、紅白から距離を取っていた。
そして気づけば、所長のところまで後退しており、所長が男の肩を抑えたことにより、少し正気に戻る。自分の肩を抑える人物の顔を見ようと、男は振り返る。そこには、
「まさか、な……………」
男と同じように、目を見開き、唖然とした所長の姿があった。
所長は何かに気づいたのだろうか。しかし、気づいたことが真実だったとして、その現実は受け入れがたいものだった。頑なに、それを飲み込もうとしない。そしての顔を見た男は、何が何だかわかっていなかった。
「ノーブラッド、か。俺はそんな名前に興味はないし拘りもないが、少なくとも、お前みたいなチンケな能力じゃない」
紅白は、右手の親指を立て、人差し指と中指を伸ばしてピストルのような形を作り、それを男の方へ向ける。男は、自分の終わりを察知した。いや、察知せざるを得なかった。その指からくる、目に見えない圧に、身体が潰されていく気がした。しかし、だからと言って、無抵抗というわけにはいかない。両手に電撃を発生させ、攻撃しようとした。だが、
パチンっ!
そんな時間はなく、一瞬でその場に崩れ落ちた。もちろん心臓は動いてはいない。そして、外傷などどこにもなかった。
「ノー、ブラッド………」
残された所長がそう呟いた。今まで自分が感づいていた受け入れがたい現実に、身体が固まっているようだった。
「まさか、実在していたのか?」
「………自分で名乗った覚えはないがな」
確かに紅白は、ノーブラッドという名前を知らなかった。それは、紅白が自分から言っていることではないからだ。誰かが勝手にそう言った。意外とそういうものは、本人の耳には入らないものだ。
「………本物に会えるとは!」
所長は、恐怖とはまた違う感情をその顔に宿していた。さっきまでとは明らかに違う。不敵な笑みを浮かべていた。
「是非、君を研究してみたい!」
その所長の言葉と同時に、部屋の壁からどこからともなく出てきた鎖が、紅白の四肢を拘束し、紅白は宙に縛り上げられた。
「……………」
拘束され、紅白は顔を歪める。しかし、普通は焦りそうな状況だが、紅白にそんな様子はない。特に微動だにせず、冷たい視線を所長に投げかけているだけだ。抵抗する様子もない。
「手荒な方法で申し訳ないが、私には君が必要だ。いや、君の身体が欲しい。君の秘密がわかれば、研究はさらに進むというものだろう!」
所長の顔は輝いていた。もちろん好奇心や昂揚感からくるものだろうが、それは純粋な、少年のようなものではなく、マッドサイエンティストと言うべき、狂気に満ちた笑顔だった。
だが、その表情も一瞬消えた。それは、紅白を拘束していた鎖が一瞬で消え去ったからだ。
どこからともなく出てきた鎖は、どこからともなく消えていった。
「やはり、君のその能力は、消滅だな?」
「………だったら?」
紅白のもう一つの能力、それは所長の言う通り『消滅』だった。能力の固有名称は『
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