<ノーブラッド編>第一話 IV

 天姫は、二人の敵と対峙していた。男性と女性一人ずつ。男性の周りには瓦礫がいくつか浮いており、女性の周りには、風が起こっていた。


「…相性あんまり良くない気がするんですけど?」


 紅白に無理矢理任されたようなものなので、天姫も愚痴が止まらない。いつもは真面目に仕事をしているが、さすがに気が向かない時だってある。主に紅白のせいで。

 ほとんどの人が逃げていくのに対して、目の前に現れた天姫を敵だと認識したのか、二人とも天姫に攻撃を放つ。男性は瓦礫を飛ばし、女性は風を吹かせる。

 それに対し、天姫は瓦礫を重力で落とす。しかし風は防げず、態勢を崩されてしまう。その時一瞬重力が緩み、それを逃さず、すかさず瓦礫が追撃してくる。なんとかそれを再び重力で必死に抑えながら、地面を転がるように横に回避する天姫。さすがに一度に二人を相手するのは厳しいか。


「この~!」


 天姫は、瓦礫を避けたあと、すぐさま立ち上がり、二人に重力をかける。急激な重力に二人は耐え切れず、その場に膝をつくが、特にそれを気にすることなく能力を使ってきた。


「えっ!?」


 天姫の周りの瓦礫が宙に浮き、天姫の方へと向かってくる。と同時に突風も吹き荒れた。天姫はその風に耐えながらも、瓦礫を必死に落とそうとする。しかし、突風が思っていたよりも強く、天姫は少し後ろに飛ばされる。


「きゃあああ!」


 しかし、二人の連携が取れていなかったのが不幸中の幸いか、吹き飛ばされたおかげで、瓦礫が直接当たることはなく、かすり傷程度で済んだ。軽傷で済んだこともあり、少しの安堵のせいか、尻もちをついてしまった天姫であったが、男の目の前には1メートル四方ぐらいの瓦礫が浮かんでいる。気を緩める時間はなさそうだ。





 紅白は、悲鳴の聞こえた大通りに出ると、その視線の先には、尻もちをついていた天姫と、二人の敵が立っていた。男の方が前方に構えた手の先には、大きな瓦礫がふわふわと宙に浮いている。


「念動力か」


 紅白は、天姫の方に向かって走り出す。しかし、敵はそれを待ってはくれない。宙に浮いた瓦礫は無情にも天姫に向かって飛んでいく。紅白のスピードでは間に合いそうにない。

 天姫は、態勢は崩れていたものの、何とか立ち直り、その瓦礫を重力で落とす。しかし、その瓦礫は、地を這うようにさらに天姫へと向かっていく。


「っ!」


 天姫は急な横からの衝撃に一瞬戸惑ったが、すぐに状況を理解した。天姫が一度瓦礫を落としたことで、ロスが生じ、その分紅白が天姫のもとに辿り着くのが早かったのだ。


「ふぅ~、大丈夫か?」


 紅白は息が荒いのもそのままに、天姫の安否を確認する。


「遅いのよ、まったく。ヒーローにしても、ぎりぎり過ぎじゃない?」

「俺はヒーローじゃないから関係ない」

「………っていうかいつまで上に乗ってんのよ!」


 紅白は、走った勢いそのままに天姫に飛びついたので、抱き付くような形になり、今は天姫を押し倒しているように見える。それが恥ずかしかったのか、天姫は問答無用で紅白を蹴り飛ばす。


「いてっ!おまっ、助けてやったのにその扱いはねぇだろ」


 天姫に蹴飛ばされ、地面に尻をつく紅白。女の子に蹴飛ばされ尻もちというのは、まぁ、なんというか、かっこ悪い。


「今はそんなこといいでしょ。敵を前にして悠長なことしてる暇なんかないでしょうが」

「よしじゃあ今度、ちゃんと押し倒してやる」

「全力でお断りするわ」


 天姫は、紅白のせいでふつふつと溜まったフラストレーションを、ため息とともに吐き出し立ち上がる。その視線の先には二人の敵が映っている。


「冗談だっての。俺はこの場を和まそうと思ってだなぁ」

「今そんな気遣い要らないでしょ。んで、手伝ってくれるんでしょうね」

「しゃーなしな」


 渋々仕方がなく、という感情をありったけに詰めて、返事をする紅白。


「まったく、あんたはいつまでたってもそうなんだから。いい加減やる気出しなさいよ」

「これでも出してる方なんだが?」


 紅白は天姫に蹴飛ばされたあと、地面に座ったままだ。のんきに胡坐をかいている様子を見る限りは、やる気が感じられないのも無理はないだろう。


「はぁ。まぁいいわ。私は男の方を止めるから、コウは女の方をお願い」

「いや待て待て。そこは普通同性でやるもんではなかろうか?百歩譲って天姫が男の方と戦うのはいいとして、俺が女と戦うのは問題アリだろう」


 確かに紅白の言い分はわからなくはない。男の紅白に女性と戦えというのは酷な話だ。勝てないとかそういう問題ではなく、男として、女性を傷つけるというのはいかがなものか。


「そういうつもりで言ってないわよ。ただ単に相性の問題よ」

「あぁ、なるほどね。俺には女性の方がまだ戦いやすかろうという天姫さんの気遣いでございますか!」

「いや、私とあの女の相性が良くないだけ。じゃあ任せたわよ」


 天姫はそう言い残して、男の方へ向かっていく。


「はぁ!?いや、ちょっ!ぇえ、まじか………。ってか敵の情報ぐらい落としていってくださいよ天姫さ~ん?」


 今にも掻き消されそうな弱い反論は、案の定、天姫には届かなかった。

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