<ノーブラッド編>第三話 III

 次の日、紅白と天姫は病院に来ていた。

 最初は、また無理矢理検査を受けさせられるのかと、抵抗をした紅白だったが、別の理由が

あるというので、渋々着いてきていた。


「この部屋ね」


 そして天姫たちは、とある病室の前に来ていた。天姫が病室のドアをノックすると、中からは「はい」と女性の声が聞こえた。部屋の番号の下には、『伊吹楓』と書かれている。


「失礼しまーす」


 病室のドアを開けて中に入る天姫と紅白。中にいた女性は、二人の姿を見て目を丸くしていた。


「突然すいません」


 急な訪問とあって天姫は頭を下げるが、楓は目を反らし、バツが悪そうにしている。


「えーっと………」


 そんな楓に、天姫も声をかけづらくなる。

 沈黙が続く部屋に取り残された紅白は、何も言わずに天姫と楓を交互に見る。そして無言で天姫の背中を叩いた。「痛い」という言葉を寸でのところで抑え込み、「何すんのよ!」と小声で反抗する天姫。


「こうなることはわかってただろ。それを覚悟で来たんじゃないのか?」


 空気を読んでか、ふざけることなく、しかしどこかおどけた様子で天姫の背中を押す紅白。天姫は「でも…」と言いたくなったが、一度深呼吸をして、気持ちを入れ替える。


「この前はごめんなさい」

「え?」


 しかし、楓の方が先に口を開いた。意を決したにも関わらず、出鼻をくじかれた天姫は、間抜けな声を出す。


「大変なご迷惑を、おかけしました…」


 大学生の楓が高校生の紅白たちに敬語というのは、それだけ謝罪に気持ちを込めているからだろう。そして天姫と紅白も、楓の言葉が何の出来事に対してなのかすぐに察した。


「いえ、そんな!私たちは全然大丈夫ですよ!」


 と、天姫は楓を気遣うが、紅白からすれば、肋骨にヒビを入れられ、しかも直接戦った相手だ。何の気なしに大丈夫です、とはお世辞でも言えない。が、口にすることはなく、のど元でグッとこらえた。


「伊吹さんが無事で良かったです!」


 おい、と紅白は思った。目を見開き、どこからともなく、冷や汗が出た。


「能力は使えなくなっちゃったけどね…」


 言わんこっちゃない、といった感じだろう。さらに落ち込む楓。

 紅白は、何をやってんだと天姫を小突く。天姫も「だって…」と小さく呟くが、今回ばかりは天姫のミスだろう。

 天姫も楓も俯いてしまい、再び病室に気まずい空気が流れる。そんな状況に、紅白はただただため息をつくばかりだ。

 しかし、いつまでもこの空気に浸っているわけにもいかない。紅白は心の中でヤレヤレと呟き、重苦しい空気をかき分ける。


「今コイツが最近の行方不明事件について、無謀にも調査を進めてるんですけど、お見舞いも兼ねて、あなたから何か聞けないかなと馳せ参じた次第なんですが、誰にさらわれた、とかどこに連れていかれた、とか何か覚えてないですか?」


 まさに天姫が聞きたかったことを、紅白が代弁した形なのだが、言葉の端々に、要らぬニュアンスが含まれているのはさすが紅白だ。隣の天姫は、話を進めてくれたことに対して感謝したいが、言い方に不満があったようで、微妙な顔をしている。

 そして聞かれた楓も何とも言えない顔をしている。申し訳なさが無くなったわけではないのだが、聞かれたことに対して答えたい気持ちもあり、さらに調査していることに対しての驚きもないまぜになって、天姫以上に複雑な顔をしている。


「す、すいません!変なこと聞いちゃって!ほら、コウ、帰ろう」


 色々なことに耐えられなくなった天姫は、逃げるようにして踵を返し、紅白の腕を引っ張って部屋を出ようとする。

 紅白はというと、さっきまでは帰りたかったはずなのに、いざ自分から聞き出しておいて、おめおめと帰るというのもどこか腑に落ちないので、謎の抵抗を覚えていた。

 そんな二人に対して、まだ複雑な気持ちもありながら、どこか微笑ましげに見る楓。


「ふふっ」

「…え?」


 急に笑い声が聞こえて、振り返る天姫。


「あ、ごめんなさい。なんか、いいなぁと思っちゃって。仲が良いのね」

「い、いえ!そんなっ」


 慌てて否定する天姫だったが、少し頬が紅潮し、照れている。大して、紅白は明らかに嫌なな顔をしてゲンナリしていた。


「さっきの質問だけど、…ごめんなさい。本当に何も覚えていないの。街を歩いていたら、急に意識がなくなって、気づいたらもうここの病院のベッドの上だったわ」


 幸か不幸か、場が少し和んだところで、楓が紅白の質問に答えてくれた。


「そ、そうですか!ありがとうございます」


 なんだか恥ずかしく、早く帰りたかった天姫は、小声で紅白に「行くよ」と呟く。


「でも、私が言うのもなんだけど、危ないし、辞めといた方がいいと思うわ。私でもそんなところまでは調べないし、あなたたちはまだ高校生でしょう?危険よ」

「ですよね?そう思いますよね?」


 楓の言葉にすぐさま同調する紅白。腹の立つ顔で、天姫に「ほらみろ」と言う始末である。


「ありがとうございます。私も無理をするつもりはありません。それに何かあればコイツが守ってくれるので」

「そんな約束はしていない」

「はいはい。すいません、ありがとうございました」


 即行で反論する紅白だったが、天姫に引っ張られ、病室を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る