<ノーブラッド編>第四話 III

 その部屋にも数人の人がいた。奥のデスクに一人の男性。そしてその部下だろうか。男女一人ずつがそこにいた。その中に、またしても音も気配もなく入っていく。そしてこの部屋の人たちも、紅白のいきなりの出現に驚いたが、冷静になるのは早かった。


「………誰だ?」


 一番奥のデスクに座る男が声を発した。

 しかし、紅白は答えない。

 その部屋には、入って右手の壁に大きなモニターがあり、そこには数人のデータが表示されていた。研究のデータだろうか。人の姿が映し出され、様々な数値が書かれている。


「質問に答えなさい。こんな時間に来客があるなんて聞いてないけど?」


 先程とはまた別の、一人の女性が再び紅白に質問を投げかける。眼鏡をかけており、胸元の名札には、副所長と書いてある。見たところ、まだ二十代後半から三十と言ったところか。若いのに大したものである。


「お前が、ここのトップか?」


 紅白は副所長の女性を無視して、奥のデスクに座る男性に声をかけた。男性は机に肘をついて、口元で手を重ねている。その腕の隙間から覗く名札に、こちらには所長と書かれていた。予想通り、彼がここのトップらしい。


「だとしたら、何だ?」


 所長の男性は、やけに落ち着いていた。こういう状況に慣れているのだろうか。


「ここまで来たということは、ここがどういう場所かわかっているんだろう?ほとんどは門前払いで、この部屋まで辿り着いた者は君が初めてだが、たまーに、極希に、君のような輩が来るんだ。が、悪いね。我々は忙しいんだ。特に最近、優秀な研究員が一人減ってね。君のような『表』しか知らんような人間に構っている暇などないんだよ。さぁ、お引き取り願おう」


 所長はそう言って、席を立ち、モニターの方に向かう。そして何かいじり出した。傍目には何をしているのかはわからないが、研究の続きだろうか?もはや紅白の存在を意に介してはいなかった。

 しかし、そんなことを聞く気もない紅白は、その場から去ろうとはしない。そんな紅白に、再び副所長の女性が近づく。


「所長もあのように言っています。早急にお引き取り願います」


 先程よりも語気が強くなっていた。この人も忙しいのだろう。ただ、いくら名札に記されていたとはいえ、男性を所長と呼称してしまったのはいただけない。彼は断定はしなかったのだから。かといって、それが紅白にとっての得になるのかと言われればそうでもない。普通の人間は、部屋の入り口から、奥のデスクに座る男性の名札など見えるはずもないのだから。しかし、紅白にとってはそれは容易なことだった。


「帰れと言っている」


 動かない紅白に対して、しびれをきらしたのか、もはや敬語が抜けた女性副所長。眉間にしわが寄せられ、殺気も感じ取れる。冷酷な眼で紅白を見ていた。


「悪いがあんたに用はない」


 紅白は女性副所長を無視し、その横を通り抜け、所長の方へ向かおうとする。しかし、副所長がそれを許すはずもなく、紅白はそこに足止めされた。


「……………」


 紅白は急に動かなくなった自分の足元を見た。すると、いつの間にか地面と一緒に足が凍っており、そこに縛り付けられた形となった。紅白は動かそうと足に力を入れるが、ピクリとも動かなかった。そうこうしているうちに、足元が冷えていくのがわかる。このままでは凍傷で足が壊死してしまう。


「どこかで聞いたことのある声だと思ったら、あなた、夕方私の部下の携帯に出たわよね?あの子たちをどうしたの?」


 女性副所長は、腕を組み紅白に詰め寄る。


「………なんのことだろうな?」

「とぼけるな」

 女性は、目を向けようともしない紅白の背中をそっと触り、



ガシャンッ!



一瞬にして氷漬けにしてしまった。


「まぁいい。拷問はいつでもできる」


 美しく透明なその氷の中には、キレイに紅白が埋まっている。自然の中ではおおよそ作れそうもないそれは、ある種の芸術の様にも見える。

 研究をしていた所長も、もう一人の男性も、そして紅白を氷漬けにした本人も、氷に埋まった紅白に視線を向けた。さて、あとはこれを移動するだけだ。

 所長とは別のもう一人の男性が、氷漬けの紅白へ近づく。


「……………」


 しかし、一歩踏み出したところで、彼の足は止まった。それは何も足を氷漬けにされたからではない。彼の身体には、何も変化はない。歩みを止めたのは、身体的問題ではなく、感情の問題だった。氷のある一点を見て、不気味に感じたためだった。

 その不気味な点とは、


「なぜ、動いている?」


紅白の眼が、動いていたからだった。氷漬けにされた時は、体に対して真正面を見ていた。しかし今は、確実に横目に男性を見ている。男性がその異変を感じ取ったその瞬間、



フッ!



紅白の周りの氷が一瞬にして消えた。

 それは溶けたとか、崩れたとかではなく、その言葉通り、『消滅』した。その光景に、周りの三人は唖然としていた。氷漬けから自らの力で脱出するのは、容易ではない。それこそ炎を操る能力ならば、内側から溶かすことは可能だ。しかし、明らかにそんな様子ではなかった、事実、紅白の能力は炎ではない。

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