<ノーブラッド編>第四話 VI

「見たところ、君は振動を操る能力を持っているだろう?なぜ二つも能力を持っている?人間が持てる能力は一つのはずだ。なぜ君は二つなんだ?それは生まれつきか?それとも後天的なものなのか?だとしたらどうやって手に入れた?第二能力セカンドの研究が成功した記録はないはずだ?公表されていないだけで、成功していたのか?」


 所長の疑問が止まらない。それもそうだろう。彼は研究者、それも能力に関する人体実験を主とする研究者なのだから。

 ここの研究所では、主に、生来持って生まれた能力の強化に関する実験を行っている。楓もその被害者の一人で、楓が能力を使えなくなったのは、能力強化の副作用だろう。

 さらにここでは、紅白のように、二つ目の能力、第二能力セカンドを発現させるための研究も行われていた。それはここの研究所だけではない。世界的に行われている。が、もちろん公表はされていない。そんな非人道的な研究が、表に出て肯定されるわけはないからだ。だからこそ、紅白がここにいるわけだが。


「研究者だろう?自分で解明するんだな」

「確かに、君の言う通りだ。しかし、先行研究があるのなら、それを参考にした方が、より早く研究が進むというものだよ」


 所長のテンションはどんどん上がっていた。まだ見ぬ先行研究に心躍るばかりだろう。しかし、紅白からしてみれば、そんなことに興味はない。いや、そんなことをさせるわけにはいかない。


「………ここの研究所の実験に利用されている人たちを解放しろ」


 紅白の言葉を聞いて、所長の口から笑い声がこぼれた。


「ふっ………、あっはっは!何を言いだすかと思えば!モルモットを解放しろ?ヒーローでも気取ってるつもりかい?笑えるねぇ。まさか、そんなことを考える愚か者が本当に存在するとは。片腹痛いよ。むしろあいつらは、この国の能力の発展に貢献できるんだ。感謝して欲しいぐらいだねぇ。発展に犠牲はつきものだろう?今は世界各国で能力の開発が進んでいる。世界の中でも優位に立つためにも、能力開発は最優先事項なんだよ」

「………研究者ってのはつくづくいかれてやがるな」


 紅白は、躊躇することなく、右手の指を鳴らした。その瞬間、所長の顔が引きつる。と同時に左の肩口から鮮血がはじけ飛んだ。


「ぐあああああ!」


 部屋の中に所長の叫び声が響き渡る。右手で肩口を抑えるが、その手はみるみる真っ赤に染まっていき、隙間から血が滴る。


「ふふっ、脅しのつもりかい?好きなようにするがいいさ。私を殺しても研究は終わらない。こんな研究所いくらでもある。世に公表されてないだけだ。私を殺したところで、この研究所を潰したところで止まるほど規模の小さい研究じゃないだよ。ヒーローを気取りたいなら諦めた方がいい」

「………どいつもこいつも、ヒーローヒーローうるせぇよ。俺はヒーローじゃねぇ。相手が悪人だろうが善人だろうが、人を傷つけたら、殺したらそれはヒーローじゃねぇんだよ。これはただの、自己満足だ」


 唇は噛み、珍しく感情が振れた紅白。

 そんな紅白の隙を、所長は見逃さない。またしても紅白を鎖で拘束する。

 しかし、その鎖はまたもや一瞬で消えた。痛みに耐えながら再び拘束を試みた所長の顔は歪み始めていた。それは、自分の命の危機にではなく、紅白を拘束できない悔しさによるものだった。


「無駄な抵抗はよせ。あまり俺に能力を使わせるな」


 紅白の消滅の能力は、人が生来持っている能力と勝手が違った。この能力は、実験によって後天的に得た能力だ。その副作用なのか、紅白はこの能力を手にする以前の記憶がない。研究によって手に入れたということは、能力を通して紅白にもなんとなく、感覚としてわかってはいたが、誰がやったのかは知らなった。ただ、気が付いたらこの能力が使えた。そして、自分が使える振動操作の能力とは違うことはすぐにわかった。それは、能力を使う際の対価の問題だった。

 普通の能力であれば、自分の体力を対価に能力が使用できるが、消滅は違った。体力ではなく、自分の寿命を対価として払っていた。もちろん、すぐに死ぬほど払っているわけではないが、使えば使うほど、紅白の寿命は縮んでいく。能力を消すなどは微々たるものかもしれないが、人の命を消すともなると、その対価も大きくなる。できれば使いたくはない。紅白も簡単に死ぬわけにはいかない。


「抵抗するなと言われて、はいそうですかと言う人がいると思うのかい?やはり君はヒーローを気取りたいようだね?私は殺されても構わないが、研究の邪魔をされるわけにはいかないんだよ。私が口を割れば、上にも迷惑がかかるからねぇ」


 紅白は、やっぱり、と思った。この所長の上にもまだまだ人がいる。予想はしていたが、まだまだ紅白がたどり着けないところに黒幕がいるらしい。


「それに、私を殺してしまえば、モルモットたちは無事では済まないぞ。いや、解放することができなくなるぞ。ここの重要な研究のセキュリティは、私にしか解除できないように設定してある」

「命乞いか?残念だが、それらも消せるから『消滅』なんだよ」


 紅白は、もはや躊躇することなく、右手の人差し指と中指を向け、左手の指を鳴らした。刹那、所長はそこに崩れ落ち、紅白は顔を歪ませた。

 実は紅白はこの研究所に来てから、ずっとエコーロケーションで、人体実験をされている人たちを探していたのだ。所長が口を割らないのなら、自力で探すしかない。場所がわかるのなら、所長に会う必要もないのだが、生かしておいて良いこともない。

 横たわる遺体が三体と、たたずむ紅白ただ一人。その部屋の隠し通路から、紅白は被験者が収容されている部屋へと向かった。

 部屋は地下にあった。地下への通路も、普通に探していてはわからないように隠されていたが、紅白の能力をもってすれば、場所を探ることはおろか、セキュリティも意味はない。

 その部屋には、数十人の人がいた。最近騒がれだした行方不明の人たち以上の人だ。気づかれぬように、以前から研究対象を確保していたのだろう。

 被験者は全員意識はなかったが、紅白は全ての被験者の拘束を解いた。いや、消した。そして、この実験をされていたことの記憶を消していく。相当な消耗だが、この人たちのことを考えると、消さないわけにはいかない。

 さすがに全員をこの研究所から出すことはできないので、あとは、その人たち自身に委ねることしかできないが、紅白としてはそれで良かった。実験さえ防げたら、それでいい。あとは実験の後遺症が残っていないことを願うだけだ。





 紅白は、先程の所長たちが倒れている部屋に戻ってきた。その時、部屋の中に一つの電子音が鳴り響く。音はモニターの方から聞こえた。見ると、メールを受信したようだった。

 紅白はおもむろにモニターに近づき、そのメールを開いた。



―――そう簡単に、私にたどり着けると思っているのかい?ノーブラッドよ。


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