<ノーブラッド編>第一話 II
「今回の結果を踏まえて、各々しっかり復習しておくように。ではこれで終わりだ」
放課後、担任の蓮が連絡事項を伝え終わり、その日の授業は終わりとなった。
教室を出ていく蓮。そしてそれを見た紅白は、体を小さくするように、存在を小さくするように、足音を消して、教室を出ていこうとしたその時、
「どこに行くんだ紅白くん?」
修良につかまった。
「…あー、えっと」
「サボろうったってそうはいかないぜ、自治会会計さんよ」
修良によって、紅白の自治会サボろう作戦はあえなく撃沈した。
そうして、修良に首根っこを掴まれながら自治会室前まで連れてこられた紅白。そこには天姫が仁王立ちで待っていた。
「あー、やっぱり!」
天姫は、明らかに連れてこられた状態の紅白を見るなり、そう言った。彼女の顔には呆れの色が見て取れる。
「神操さんの予想は当たったな。まったく、こいつはいつまでたってもこうなんだから」
「まさか、お前らグルか!?」
修良は、文字通り紅白を天姫の前に差し出した。解放された紅白は、すぐさま二人に突っかかる。
「何よ、悪い?あんたがサボろうとする方が悪いんじゃない。あんたのやりそうなことなんてお見通しよ。私から逃げられると思わないことね」
「んだとこらぁ!俺がどうしようが俺の勝手だろ!なーんでこんなめんどくさいことをせにゃならんのだ!」
「あんたねぇ、いい加減にしなさいよ。やりたいやりたくないにかかわらず、現に今役員なんでしょ?それなら最低限仕事しなさいよ」
「うっせぇブース」
稚拙としか言いようがない。もはやただの悪口である。
「なっ!?ブスとは何よ!関係ないじゃない!」
対する天姫もまだ子供といったところか。稚拙な悪口への耐性はまだついていないようである。大人の女性への道は遠そうだ。
「ブスだお前なんか。性格が度ブスだな。このブースブースブース!」
この悪口のレパートリーの少なさ。確認のために言っておくが、彼は高校二年生である。
「まぁまぁ、二人とも、とりあえず中に入ろうぜ」
またいがみ合いだした二人を修良がなだめながら、三人は自治会室に入っていく。修良はいつも二人の仲裁役なのか、呆れの色と微笑ましさの色をないまぜにした表情をしていた。
「もう、如月先輩遅いですよ」
中に入ると、一人の女子生徒が座っていた。少しふてくされた様子で、頬杖をつきながら、横目で紅白たちの方を見ている。彼女は自治会唯一の一年生、
「おー、成美、早いじゃん!殊勝な心掛けだな!」
そう言って紅白は成美の隣に腰かける。さっきまでサボろうとしてたやつとは思えないぐらい偉そうである。
「そ、そんなこと、ないですよ」
しかし成美は、明らかにうすっぺらーな褒め言葉にまんざらでもなさそうな反応を示す。
「帰ろうとしてたあんたが偉そうなこと言ってんじゃないわよ」
そんな成美を視界に入れながらも、天姫は紅白の頭を叩く。叩かれた紅白はまた天姫にブーブー言っている。
天姫と修良もそれぞれ席に着く。と言っても、まだ集会は始まらない。自治会担当の蓮や、会長、副会長(天姫の他にもう一人いる)など、いろいろとメンツが足りていない。
「そうだ、先輩!今日、実力テストの結果が返ってきたんですけど、見てください!」
成美はそう言って、先ほど授業終わりに返却されたであろうテストの結果が書かれた紙を紅白に見せる。晃陽高校は、毎年、年度始めに、実力テストが行われている。今日の放課後、その結果が返ってきたのだ。
「おー、11位か。すげーじゃん」
その結果を見せられた紅白は素直に成美を褒める。褒められた成美は、またしても満更でもなさそうだが、今回はそれだけではなかった。
「先輩はどうだったんですか?何位ぐらいですか?」
成美は、興味津々という感じで紅白に質問する。しかしその裏にはどこか小バカにしたようなものが感じられる。
彼女はなぜか、紅白の成績があまり良くないと思っているようだ。まぁ普段の行動や言動を見ると、その予想もわからなくはない。ただ、厳密には学年が違うので、何とも言えないが、仮にも紅白が学年でも下の方であれば、11位の成美と大差ないかもしれない。
「………なんでそれをお前に言わなきゃならんのだ」
そんな成美に、紅白は目を反らしながら、少し言葉を濁す。そして成美はその反応を見逃さない。見逃すはずがない。
「なんで言ってくれないんですかぁ?あ、もしかして、先輩、人に言えないような成績だったんですか?」
成美は人をいじる紅白のようにイヤ~な顔をしながら紅白に詰め寄る。どんどん弄ってくる後輩に対して、言葉を濁し続ける紅白。
「成美ちゃん、そのくらいにしときなさい。コウも、人をおちょくるのも大概にしときなさいよ。友達なくすわよあんた」
「余計なお世話だ!」
助け船を出してくれた天姫に対して、べーっと舌を出して言い返す。いや、この場合は余計なひと言を足した天姫のせいか。
「天姫先輩、おちょくるってどういうことですか?」
「そいつ学年3位よ」
「………え?」
天姫に衝撃的事実を突きつけられ、ポカーンと硬直してしまう成美。
「ちょ、おまっ、先に言うなよ!俺がいい感じに落としてやろうと思ったのに!」
「………本当にあんたって性格を悪いわよね」
「まあな!」
喜々として肯定する紅白。ここまでいくと逆に清々しい。
「先輩って、頭良いんですか?」
硬直状態からなんとか戻ってきた成美は、必死に言葉を紡ぎ出す。しかしその表情から察するに、まだ受け入れるには至っていないらしい。
「まぁ悪くはないな」
「なんでそこでまた濁すのよ。2位の私より頭良いくせに」
「え、天姫先輩2位ナンデスカ?」
さらっと言われた衝撃発言パートⅡに、またしても硬直してしまう。どちらかと言えば、天姫の方が傷つけているような気もするが。
「そうよ。テストの時はいつもコウに教えてもらってるんだけど、私に教えてるくせに私より下ってどういうことだよって話よねー」
天姫はいつも言いたかったと言わんばかりに、ジトッとした目で紅白を見つめる。
「テストなんて適当にやっときゃいいんだよ。成績云々より、内容をちゃんと理解してるかどうかが大事なんだ」
「うわーはらたつー。適当にやって3位とかマジふざけてるわよね。さすが主席入学者。頭の出来が違うんでしょうね」
よほど溜まっていたのか、天姫の口調がどんどん悪くなっていく。女の子として、この方向の変化はよろしくない。
「シュセキニュウガク?」
そして紅白と天姫に置いて行かれた成美は、もはや人語を手放しそうになっていた。このままでは人格がなくなってしまうと本能的に思ったのか、成美は自己回復を図る。
「明志先輩はどうだったんですか!?」
「え?えーっと、8位…」
「……………」
しかし、成美が思っていた答えは返ってこなかった。修良もここで自分の方が下だったら、何かしらの力になれたかもとも思ったが、嘘はつけなかった。良くも悪くも人が良い修良が、トドメの一発を放ってしまった。成美は完全に思考が停止し、口から魂が抜けそうになっていた。
「ほらほら、何をしてるのよ。後輩をいじめるのも大概にしとかないとダメでしょ?せっかくの一年生が辞めちゃったらどうするのよ」
そんな中、教室に入ってきたのは、もう一人の自治会副会長、三年生の
「冬夏せんぱい~。如月先輩がいじめるんです~」
よしよしと成美の頭をなでる冬夏。
「成美~。今お前が頼りにしてる冬夏さんはなぁ、何を隠そう、三年の学年トップだぞ」
成美は紅白の言葉を受け、絶望に満ちた顔で紅白を見る。そして今自分を優しく介抱してくれている冬夏を恐る恐る見上げる。その視線の先には少しバツが悪そうな冬夏の顔があった。
「もう、如月、今それを言わなくていいでしょ」
冬夏は人差し指を口の前に立てて、シーと言うようなジェスチャーをするが、時すでに遅しとはこのことだ。
「うわーん!」
プライドがずたずたにされた成美は泣きだしてしまった。自分の成績が良いと思っていたのに(現に悪くはないのだが)、今この場いる誰よりも下だったと知れば、軽く絶望するのも仕方がないのか。学年が違うので一概にどう、と言えないところはあるが、順位という指標からすると、少しかわいそうな一年生である。そんな成美の頭を優しくなでる冬夏。紅白は大爆笑していた。
「やーいやーい!俺をおちょくろうなんて百年早いぜ!せめて一桁はとらねぇとなぁ」
本当に大人げないやつである。成美が自治会に入ってからまだ一か月ほどしか経っていないが、彼女はすでに紅白のおもちゃと化していた。
「でもまぁ安心しろって成美。会長はそんなに頭よくねぇから」
「…うぅ、そうなんですか?」
さっきまで成美の絶望の全ての元凶であるはずの紅白から示された唯一の光が、成美の心を少しだけ修復させていった。
「如月、あなたあとでぐちゃぐちゃにされるわよ」
紅白の発言を受けて、呆れながらに注意を促す冬夏。
「大丈夫ですよ。どうせ今日も出席しないでしょ、あの人は」
「確かにそうだけど…」
冬夏は心配もそこそこに、ほとんど集会に顔を出さない会長を思い出しては、呆れてため息を吐いた。
「うぅ、会長ってどんな人なんですか?」
成美は涙を拭き、呼吸を整えながら質問する。
「あれ?成美ってまだ会長に会ったことなかったっけ?まぁあの人ほとんど表に出てこないからな。一応そこにはいると思うけど」
そう言って、紅白は教室の奥の扉を指さす。そこには自治会準備室と書かれている。
「準備室?」
「会長は寝るのが好きでな。準備室を改造して、自分の仮眠室にしたんだよ。そしてほとんどそこにこもって出てこない。俺だって、そんなに会ったことないしな」
「えぇ………」
成美は大丈夫かこの学校?とでも言いたげに、顔をしかめた。
「そう言えば、今年の入学式も私が代理でやったから、今の一年生はアイツに会ったことがないのね。少し注意しないと」
冬夏は呆れながら、どうしようかと画策する。彼女はこの自治会で一番会長と接点があり、一番仲がいい。
「はいはい、お遊びはそこまでだ。集会を始めるぞ」
ここで蓮が入ってきて、(会長を除く)自治会の役員たちがそろった。それぞれが各々の席に着き、放課後の臨時集会が始まった。
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