【最終話】山猫は空を飛ぶ

ファーストクラスの椅子に寝そべり、到着予定の機内放送を聞く俺達四人。

もうすぐ、長かった旅の終着点、ロンドンだ。

俺達は今『ハネムーン・ツアー』と銘打って、アメリカを横断しイギリスのロンドンに至るまで、8カ所のホールでコンサートツアーを行っている真っ最中だ。


実は俺達、去年無事に大学を卒業し、二月前に俺はアキと、ヒロはレイカと、二組一緒に合同結婚式を挙げたばかりだ。

ウチの女性陣は異常に身持ちが堅いので、決してデキチャッタ婚ではない。


あの、女にだらしなかったヒロが、高校3年の時から数えて5年間も自らを戒め、女断ちをして一途にレイカを追いかけ続けた事に、最終的にレイカが根負けした。

大学の四年間でドイツ語をネイティブレベルでマスターし、優秀な成績で卒業したこともあり、本郷院長もその本気度を認めてくれたらしい。


俺とアキは・・・まあ、いつの間にか外堀どころか内堀まで全部埋まっていたから、障害らしきモノは何一つなかった。ぶっちゃけると、お膳立ては全て整ってたのに、俺が決断を先延ばしにしてはぐらかしていただけだ。

サンドラさんと話す度に「式はいつ挙げるの?」って訊かれてたり、ミウには「ちゃんと告白しないと!」って叱られたり・・・むしろ遅いとせっつかれてたぐらいだ。


前世のトラウマからか、ヒトを信じると言う事に恐れを抱いていた俺だが、ずっと一途に俺を想い続けていてくれたアキが、いつの間にかそれを解き解してくれていた。

そして今世において、いつの間にかたくさん増えた俺の大事な仲間達のことも、俺はこれから先、ずっと信じ続けていけると思う。


シスターズは、自分たちにとって理想の家族が増えたことに大喜び。

元から凄く仲良しだったが、公的に一族として繋がるのは別格らしい。

問題は、彼女たちに男っ気がまるっきり無いことなんだよな。

かと言って変なの連れてこられても、お兄ちゃんとして簡単に許しはしないだろうけど、ミウ曰く『自分が尊敬できる何かを持ってるヒト』が最低条件らしいので、我が妹ながらチートな彼女のお眼鏡に適うのは、相当にハードルが高いだろう。

前世でも、ミウとコトリちゃんはかなり晩婚だったから、チート化した今世では婿捜しにもっと手こずるかも知れない。



***



ツアーの開始から早一ヶ月半が過ぎた。

ハルさんやカーツ、そしてベネッサさんたちを始め、過去にライブをご一緒したミュージシャン達も大勢駆けつけてくれて、コンサートは何処も大盛況となった。

興行的にも大成功と言えるのではないだろうか。


このツアーが終わったら、俺達は数年ほど活動の縮小を表明している。

アルバムの発表は行うが、メディアへの露出や長期ツアーは極力控え、俺たち四人は『時々一緒にやってみるか』という感じでユル~く繋がっていく。


これは主に、俺の副業である会社の仕事があって、どうしても抜ける場合が多いからだ。

(俺はどんな事があろうとも、本業はミュージシャンだと言い続ける!)

会社の規模が一気に大きくなり過ぎて、最近はアキにまで会社の仕事を手伝ってもらっている始末だ。

現在は物販事業・ゲームセンター事業・ゲーム開発事業・出版事業・投資事業・不動産事業の六つを柱にしているが、さすがに手を広げすぎたので、いくつかは分社化して幹部スタッフに任せてもいいかと思っている。

本当は会社なんか全部譲って不労所得だけで生きていきたいが、モノには順序があるので、まずは形をちゃんと整えないとな。


現在いくつか購入済の離島や海外の土地家屋は、いつその効力を発揮するのだろう。

サンドラさんの伝手でコスタリカにも土地を買えたので、いつか移住してみたいと思っている。


ヒロは持ち前の技術力と、いつの間にか張り巡らせたミュージシャンとのネットワークを駆使し、ソロ活動の間でも、あちこちのライブへとお呼ばれで大忙しだ。

最近はそのルックスと語学力を生かし、TVメディアへの露出も増えている。

俺たち四人の中では、一番芸能人っぽい活動をしているのだ。


レイカはバンドより、作曲家としての活動を中心にするそうな。

レイカは新進の女流作曲家として確固たる実績を積み上げているので、その価値を疑う者は音楽業界ではモグリだと言われるぐらいだ。

鷹松ツインズや今宮先輩を始め、玄音を通じてのお得意様が激増してしまい、実は俺達の中で一番忙しい。

更にはウチの会社から、新作RPGのゲーム音楽をお願いしているので、寝ても覚めても五線譜が頭から離れない状態になっているそうな。


ま、それに何より俺ら新婚なんだから、新しい家庭を育むことも大事だしね。



***



リンクスは今や、押しも押されぬトップミュージシャンとして、国内だけでなく国際的にも確固たる知名度を誇っている。

ファーストシングルとセカンドアルバムが、共に空前の大ヒットを飛ばした2年前ほどではないが、確実に世界的なスターの仲間入りを果たしたと自惚れてもいいだろう。

某化粧品会社のCMソングとして起用されたのを皮切りに、合計4本のCMソングと、2本のドラマ主題歌に採用されるに至って、その人気と知名度は常識レベルとなった。


なんか最近は、仕事や鍛錬、そして受験勉強の合間に聴くと効率が爆上がりするとか言う都市伝説も相まって、受験生、アスリート、ミュージシャン、プログラマーなどの間で圧倒的な支持を得ている。

『リンクスの曲を聴きながら受験勉強を頑張ったおかげで、絶望的だって言われてた第一志望校に合格できました!』ってな感じで、週刊誌の裏表紙にくっついてる怪しげな開運グッズみたいな扱いを受けてるのは、ちょっと納得いかないが。


今宮先輩は大学を卒業後、声優を続けながらアナウンサーにも挑戦中だ。

式のあと「二人の生活に不満が出来たら、いつでも相談に来ていいわよ」と言い放って、アキにものすごい目で睨み付けられてた。ホント、掴み所の無いヒトだ。


鷹松姉妹は最近、バラエティーを中心としたアイドル活動がメインになっている。

コンサートも定期的に行っているが、歌手一辺倒ではなくTVドラマにまで出始めている。もしかしたらゆくゆくは、女優とかになったりするんだろうか。


ポメラニアンの四人は、俺達と合同コンサートをやる際に、所属予定だった芸能事務所と揉めて、結局玄音に転がり込んでくることになった。

思わぬ棚牡丹に、笹山社長も大喜びである。

落ち目の『GoToバンドヘル』を救う救世主と目論んでいたのに、ウチとの合同ライブがあるから、そっちの催しには出れないと突っぱねたのが発端になったそうな。


あんまり無碍にするのもアレなので、コンサート会場からのライブ中継でなら出てもいいですよと言う話に落ちつき、ついでだからと俺達も中継に参加した。

玄音としてもSTTに貸しを作ることが出来たので、Win-Winって事なのだろう。


そして先月、俺達が活動縮小を宣言した代わりとして現れたのが『シスターズ』だ。

楽曲は基本的にリンクスが提供してるので、色んな意味で姉妹ユニットと言える。

俺達は男女混合と言うこともあり、アイドル的な売り出しが基本的に不可能だったが、彼女たちは違う。男性を中心に巨大宗教組織みたいなファンクラブが立ち上がっており、すでに国内の集客力では俺達を越えそうな勢いだ。


仕掛け人は当然、今宮先輩である。シスターズは彼女に懐きまくっているので、コロッと口車に乗せられてしまったのではないだろうか。

まあ、今宮先輩の人間性は信用してるので、彼女たちが変な扱いを受けることは、まずないだろう。

むしろ姉貴分として、虫除けまですすんでやってくれるので、有り難いぐらいだ。

裏ではコッソリと、自分の従兄弟である笹山ナントカ君の相手にと、ミウに色々と働きかけているようだ。でも、そのナントカくんって、女系家族の中から奇跡的に生まれた、主筋の後継者候補くんじゃないのか?

何にせよ選ぶのはミウなんだし、まあ頑張ってくれ。


彼女達は【若い・上手い・可愛い】と言う、売れる3要素を全て備えている金の卵だ。

しかも恐ろしいことに、好みの差はあれどメンバーに『ハズレ』が一つも無いと言う、スクラッチだったら店側が発狂しそうな奇跡のユニットとして、デビュー直後から業界の話題を一身に集めている。

ただ彼女たちは俺達にならって、所謂いわゆるアイドル的な活動は最小限に留めるつもりらしいので、本人達の意志に任せて好きにさせている。


・・・でもホント不思議だ。

ミウやコトリちゃんは、俺たちにとっては前世からずっと可愛い妹だったけど、今世のように日本中から認められるような美少女じゃなかったはずなのに。

前世で面識のなかったアキはさておき、レイカの場合も元からソコソコの美少女だったけど、今世のように高貴な美貌を放つような存在じゃなかったはずだ。

これもチート伝染の一部なのか、それとも生活スタイルが容姿を変貌させたのか。


俺も今世では、身長176cm(前世比+12cm)、体つきは細マッチョのシックスパック。

オマケにスッと通った鼻に綺麗な歯並びの、清潔感に溢れた顔つきと言う具合に、容姿の変貌については他人の事を言えない。


ただ正直、肉体改造には色々と地道な努力をしたんだからね。俺の場合。

日課のストレッチは欠かした事がないし、トレーニングも切らした事は無い。

鼻のマッサージもずっと続けてたし、身だしなみにもいつも注意を払い、食生活のバランスも心がけた。オマケに幼少期には歯の矯正器具もしばらくつけっぱなしだったんだから、かなり頑張ったと我ながら思ってる。


・・・待てよ?

俺の仲間内が異常なほど美男美女ばかりなのも、もしかしたらこのせいか?


俺が前世とは違った行動を取る事により、事象の改変が起こり歴史自体が塗り替えられる事は、すでに知っていた。俺が前世とは違う形で関わった人や出来事は、全て前世とは違った未来に進んでいるのも既知の事。俺の積み上げた努力が多ければ多いほど、未来が変わる可能性と周囲に及ぼす影響が強くなる事も当然の話だ。


更に突き詰めれば、俺が努力を重ねた分野に対する事象改変の影響は、努力の程度によりその大きさを変える。そしてその波及効果は、俺と精神的に強く結びついている者にほど、顕著に表れるって仕組みなんじゃないだろうか。

逆に、俺が努力してない事柄や分野は、何の改変もないと言う事?


そう考えれば、幼い頃から俺にベッタリだったミウに、その影響が一番強く表れたのは納得だ。また、脳筋だった兄が、今や立派な青年実業家として成功している事も。

そして、俺が全く興味を持っていない相手や、俺が関わらなかった出来事などには何の改変も現れていない事にも説明が付く。

もしかしたら、巷で囁かれている胡散臭い宗教じみた『効果』とやらも、俺とファンの間に生じる繋がりが影響を与えてるんだとしたら・・・


他人の感情どころか、外見や能力にまで強く作用する影響力。

もしかしたらこの力こそが、俺に与えられたチートの本質なのかも知れない。



***



俺が今いる今世はすでに、俺が全く知らない世界へと変貌しつつある。

俺に備わるチートな知識によって、これから先をある程度予測は出来ても、もう以前のように神がかった予知は出来ない。でも、それでいい。


一つ一つ噛み砕いてみれば、あの時もっとこうしていればと言う反省はある。

でも俺はその時その時を、出来る限り精一杯頑張ってきたと言う自負もあるのだ。


俺をこの世に呼び戻し、きっと見守っていただろう『ナニか』よ。

少しはご期待に添えただろうか?

俺はこれからも、この身が朽ち果てるまで、精一杯頑張り続けることを誓おう。

だからいつか、その真意を示して頂けると有り難い。


俺はそんなことを思いながら、ロンドン・ヒースロ-空港に着陸する窓からの風景を、じっと見つめていた。


【~完~】

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明日に架ける橋 ~巻き戻った俺は、仲間と一緒にスターを目指す~ @magpie3

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