23:新たなる日常②
バンドの方は一段落ついたので、ここ数日はアキバで溜まってる会社の仕事をやっつけている。
「会長、面会希望のお客様がおいでです」
「え?何か面会の予定が入ってましたか?」
「いえ・・・アポ無しですが、どうしても会長にお目にかかりたいと」
「ちなみに何処の誰と名乗っていますか?」
「○○ホールディングスの営業部長である、売屋氏と名乗ってます」
「・・・こちらに通して下さい」
やってきたのは、40代ぐらいの少々恰幅のいい、オールバックの髪型がテカテカしてる男性だ。
「成田会長、突然の来訪に応じて頂き、有り難うございます」
男は慇懃に礼をする。
「いえ、私も丁度、あなたに訊きたい事があったので」
「え?いやー。何でしょうか?
私どもに答えられる事なら、何でもお答えいたします」
「先日、私の自宅の方に、私に是非会いたいと突然やってきた人がいたんですよ。
私はたまたま不在だったのですが、その時預かった名刺には、御社の名前が記されていたと記憶しています。
来たのは確か破尻さんと言う名前だったはずですが、それに相違ありませんか?」
「あ、はい。確かに破尻は我が社営業部の者です」
「つまり、本日あなたがいらしたのも、同じ要件と言う事でしょうか?」
「はい。そうなります」
「ちなみになんですが、御社は私の自宅を、どうやって知ったのですか?
私の存在は一部にしか公開していませんし、ましてや自宅の場所を知る者など身内にしかおりませんが」
「え?いや、それは・・・」
「答えられる事なら、何でもお答え頂けるんですよね?是非お答え頂きたい」
男は、テカテカした頭髪の生え際から幾筋もの汗を滴らせ、しどろもどろになった。
「・・・そんな事も答えられないのなら、商談の相手として信用するに値しませんね。
そもそも、ヒトの素性をこっそり探って、プライベートにまで潜り込んでくる相手を、私は信用しません。どうぞお引き取り下さい」
男は大汗を掻き掻き、苦虫を噛み潰したような顔をしながら去って行った。
俺は受付の者に「今後、アポ無しの人間とは一切つなぎを取らないように」と厳命し、胡散臭い人間は門前払いするよう周知徹底させた。
最近このように、会社や自宅にまで、俺に対する来客が頻繁に現れている。
大方の内容をざっくり言うと『任〇堂株を売ってくれ』って話ばかりだ。
任〇堂は資産の自己保有率が非常に高く、外部資本に依存しない経営戦略をとっている。そんな中で俺は数少ない例外であり、任〇堂がまだ二部上場だった頃からの出資者でもあるため、すでに一定の信用を得ている。
この保有株の買い取り騒動、裏を探ると大体で、任〇堂アメリカ法人の息がかかっていたりする。
どうにかして任○堂の経営権を手にしたい奴らが、形振り構わず動いてるようだ。
***
前世では数年後、任〇堂は前代未聞の不義理を起こし、自業自得で会社を経営不振に追い込むことになる。その主要因となったのも、件のアメリカ法人である。
ファミ○ンの世界的な流行により、本体である日本の会社運営にまで露骨な口出しを始めたアメリカ法人が、日本でS〇NYと共同開発を行っていたファミ○ンディスクシステム計画を一方的に打ち切らせ、アメリカのF社と提携を結ぶように工作を行った。
完成間近で一方的な打ち切りを食らい、手酷い裏切りを受けたS〇NYは「花札屋にナメられてたまるか」と逆に奮起し、開発途中で破棄されたその機体を流用して、独自路線でP.Sと言うゲーム機を開発することになる。ほとんど独占とも言っていい初信会の流通システムに不満を持っていた者や、サードパーティーに対する居丈高な対応に不信感を抱いていたゲームメーカーなどが一気に任〇堂離れを起こし、ほぼ一強だったゲーム業界でS〇NYの下剋上が起こる原因となったのだ。
その後、任○堂のゲーム戦略は、サードパーティーにそっぽを向かれて苦戦を強いられる事になる。前世では田崎君が『ポケットテイミング』を世に出した事で、やっと立ち直る事が出来た。
前世の情報を基にするとまだ7年近くの猶予がある話なのだが、俺というイレギュラーによってゲーム分野の発展は、前世とは比べ物にならない勢いとなっている。
それはソフトに限った話ではなく、周辺機器やハード、そしてコンピューター機器に至るまで、様々な関連企業に少なくない影響を及ぼしていた。
***
任○堂は前世より4年近くも早くスーパーファミ○ンの開発に着手しており、ライバルであるSE○Aも、新ハード戦略でソフトのレパートリーを増やす事に重きを置き始めた。特に、N○Cと提携しPCゲームソフトをプレイできるマシン開発に着手したのには驚いた。もしかしたら今後起こるPCゲームブームを、この会社は吸収してしまう可能性もある。
現在圧倒的なシェアを誇っているPC/AT互換機は、windows95の上陸により完全に駆逐される運命にある。しかし、この開発が上手くいけば、別の形で活路が見出せるかも知れない。解像度の問題などクリアする課題は山積みだが、是非とも成功して欲しいプロジェクトだ。
90年代、多くの若者はインターネットとゲームをするためにPCを購入した。
90年代半ばから始まったwindowsブームも、大量に現れたPCゲーム無くしては、あそこまでの流行にはならなかっただろう。アメリカ生まれの×箱も、日本産PCゲームがプレイ出来てれば勢力図が変わっていたかも知れない。
前世で特に衝撃的だったのは、90年代に18禁ゲームが市民権を得たことだ。
電子機器の街アキバは、いつの間にかエロゲーの街となり、月末の金曜日にはエロゲを買う長蛇の列が出来た。さすがにこれは・・・と思うような大型エロゲ広告ポスターが、ビルの壁面いっぱいに掲示されていたりもした。
特に『葉・鍵・月』の御三家が作る、後に名作と謳われた一部の有名ソフトは、一般の本屋でも売られる有様だった。
ビデオテープやDVDの普及も、オーディオ機器から『AV』の呼び名を掻っ攫ったエロ動画のおかげとも言えるし、やはりいつの時代にも、エロは世界を動かすのかも知れない。
とりあえず、SE○Aが計画している新ハードは、内蔵ハードディスクを持つ、ゲームと動画再生、そしてネット通信に特化した機能限定型PCと言えるだろう。
当然我が社も、サードパーティーとしてだけでは無く出資企業の一つとなり、一枚噛ませてもらっている。
任○堂に対しては、俺が筆頭株主として、ちゃんと睨みを利かせている。
前世で起きた不義理や、抱き合わせ商法など問題のある販売方法は徹底的に排除してるし、サードパーティーに対する対応も、前世より圧倒的に手厚くしている。
ゲームの価値は、ハードではなくソフトだ。
いくらハードが優れていても、ソフトのラインナップが足りないとジリ貧になるのは、歴史が証明している。ここは『損して得取れ』が正解なのだ。
アメリカ的な利益主義、合理主義に盲従すべきではない。
***
「それでは、我が社の新製品『ゲームパック』の完成を祝って、乾杯!!」
「「「「「乾杯!!!」」」」」
そしてこの夏、ついにわが社主導で携帯用ゲーム機の試作品が完成した。
形はゲーム○ーイとは違い、後に主流となる横長の俵形に近く、F○ポケットやP○Pにちょっと似てる。そして何より、携帯型ゲームの特色を生かした通信対戦機能が、いよいよ実装される事になった。
コレこそが、ゲームのステージを一つ上げる起爆剤になるはずだ。
販売元として任○堂も巻き込んで、今年のクリスマス商戦にぶつける予定だ。
一台当たりの製造コストは8000円を超えるが、販売価格は9800円を予定している。
流通や諸経費を抜いたら、儲けはほとんどゼロだ。
ハードはソフトを売るための土台だと割り切るのが大事である。
カートリッジ交換式の携帯型ゲームは、すでにアメリカで70年代の末には商品化されている。任○堂が、固定ゲーム式のゲーム&時計を出すより前の話だ。
そして国産の携帯型ゲームも、トミ○がすでに開発済である。
ゲーム○ーイは、かなり後発の携帯型ゲーム機なのであった。
ゲーム○ーイを流行させた二つのキラーソフト。
一つ目の『テトニス』は、現世では我が社の看板商品だし、二つ目に関しては、田崎君がすでに『ポケットテイミング』開発プロジェクトチームを立ち上げている。
出光くんが音頭を取る『ぴよぴよ』開発プロジェクトも同時に動いているので、社内は今大忙しである。
ちなみに先日、俺と田崎君が共同で開発し完成させたのは、昆虫採集ゲームだ。
生き物好きの田崎君は、この企画を大層気に入ってくれた。
森、海、平野、川などいくつかのフィールドを探索し、昆虫(一部昆虫じゃないのもいる)を捕まえたあと、育成してデータ化したアバターをバトルさせる。シナリオモードの他に、自分が育てたユニットを対戦させる通信対戦モードも実装済だ。
捕獲した虫に特別な餌を与える事で、3すくみの属性相性を付与できる。
ゲームがかなり浸透した未来では、知識として普通に数種類もある属性相性だが、まだこの時代には馴染みがないので、グー(地)チョキ(水)パー(空)の3すくみ位が丁度いい。五行の相克は、データ的にもちょっと難しいのだ。
更には飼育環境の調整で、昆虫を同属の別種へと変化させる事も出来るので、単純ながらもかなりのヤリ込み要素が詰まっている。
尤も、現在積み込めるデータ容量では、ヤリ込みというほどの種類やフィールドはとても用意できないので、ソコソコのボリュームしかないのも事実だが。
ちなみに、別売りの小型液晶に一体だけデータを移し、こまめに世話をする事で、強力なユニットを育てやすくする『育成卵キット』も同時発売の予定だ。
俺達が作った昆虫採集ゲームは、後に出るであろうポケットテイミングのプロトタイプとして、田崎君は色々な事を学べたはずだ。今世で田崎君が作り上げるゲームは、きっと前世よりもっとイイモノになると確信している。
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